世界樹を求めて旅の扉を潜る。赤茶けた荒野を抜けると、急に視界が開けた。
 なだらかな丘陵の向こうに、海が見える。この辺りの自然は、まだ汚染されていないらしい。大地はふさふさとした草の原に覆われ、風が吹けばザァッと音を立てて、白くさざ波のように輝いた。碧空にたなびく雲は意外にも足が早く、心地よさそうに滑っていく。
 草原を吹き抜けた風が、顔に触れる。ビルドは久方ぶりの爽やかな空気を堪能しようと目を細めた。しかし次の瞬間、その瞼はぴくりと跳ねる。
 風に、微かながら嫌な湿り気がある。鼻の粘膜にまとわりつくようなそれは、今いるリムルダール地方に来て覚えた、忌まわしい臭いだった。
 咄嗟に、右手側に聳え立っていた岩山を登る。槌を駆使して道を拓き、どうにか中腹まで上ったところで眼下の光景を凝視した。
 洗いたてのテーブルクロスを広げたような若草の丘は、丸く柔らかな曲線を描いている。燦々と降り注ぐ陽光をその身に浴び、奔放な照り返しを放つそののびやかな光景の中に、ぽつぽつと白黒の異物が落ちていた。
 ビルドの目は、まずその等間隔を保ったまま動かない白点の群れを捉える。あれは墓だ。きっとこの灰色の岩山から切り出したのだろう、無機質な灰一色の十字架が、この丘陵一帯に夥しく連なっている。
 そしてあの黒い、うぞうぞと蠢めく点たちは。
「……ああ」
 ビルドの口から嘆きとも恐れとも、はたまた無関心とも区別のつかない、平淡な声が漏れた。
 淀んだ泥の塊が歩いている。
 いや、物作りにこだわる自分の口にかけてできるだけ正確に言うならば、あれの材質は泥ではない。泥になりかけているが、まだ肉だ。二本ずつある手足についた筋肉は既に弛緩しているが、まだ緩慢に歩く動作をすることくらいはできる。ボロ布同然の衣服を纏う胴の上に乗る頭だって、瞼もまともに持ち上げられない程度にたるんでしまっているけれど、一応進行方向を向こうとしているようだ。
 それでもビルドは、その歩く人々の群れを、泥の塊だと思った。
 あれは、既に死んでいる。
 五体に加えて魂も残していて、さらにその四肢には生前よりもなお強靭な力を秘めているはずなのに。
「でもやっぱり、しかばね」
 ビルドは呟く。呟いた声は、突如吹き抜けた風にさらわれる。ここには地上のむせ返るような草葉の香りと、胸を抉るような腐臭は届かない。そのせいだろうか。ふと空腹を覚え、彼は食料袋に入れておいたニガキノコ焼きを取り出して頬張った。
 ほんのりと苦味を感じる好物を、むしゃむしゃと食む。自然に思い起こされるのは、今際の際にウルスが発した台詞である。彼は、死を越えるべきものではないと言っていた。
 その通りだと、眼科の光景を眺めて感じる。
「死なないなら、美味いメシを食う必要もないもんな」
 濁った黒目を何処に定めようとしているのか。のっぺりした顔の泥人形たちは、青々とした波の狭間を緩慢に漂っていく。
 こんなに透き通る青空の下、こんなに瑞々しい草原の上なのに。
 食事を終えたビルドは腹をさする。空腹が満たされてしまったせいか、あるいは別の要因のせいか。口内に含んでいた時は確かに美味だったはずのキノコは、いまや下腹部に土を詰めたような感覚をもたらすだけになっていた。
「歩くゾンビはいいゾンビ、走るゾンビは悪いゾンビ、っと」
 町人から教わった文句を口ずさみながら、ビルダーは槌を手にすると、再び岩山を登り始めた。




(後書き)
ビルダーズ攻略を目前に控えた現在、作品中で一、二を争う心に残った光景と雑感を、拙いながらも文章にしました。

これだけは書きたかった。初めてここに来た時、流れる「勇者の故郷」の音楽の寂しさとこの光景が心にグッときて、ひどくぞっとしました。
本当にいいゲームでした。

では、ここまでお読みくださりありがとうございました!
またお会いできましたら幸いです。



20160611