ここは星空の守護する世界が一国、セントシュタイン。その一角にあるルイーダの酒場のゲストルームでは、時空を越えてやって来た猛者達が飲み食いをしていた。
 一同の腹が八割方満たされた頃、頭に銀のサークレットを嵌めた黒髪の青年が声を上げる。


「今日が何の日か知ってるか?」
「え、何かありましたっけ?」
「てか今日何日だ?」


 童顔の少年と突っ立った青髪の青年が首を傾げる。ざわめく一同。その中で、緑の髪を持つ絶世の美男子が答える。


「十一月二十三日……良い兄さんの日、だろ?」
「流石ソロ、正解!」
「何で二人ともこの世界の暦知ってんだよ」


 空色の瞳をした銀の髪の青年が問うが、答えはない。


「では、昨日は何の日だったか分かるか?」
「はいはいはいそれは分かる!」


 青髪の青年が勢いよく挙手する。


「十一月二十二日だから良い夫婦の日だ!」
「ご名答!」
「おお、博識ですね! 恥ずかしながら自分は寡聞にして存じ上げず……」
「いやアレフさん、普通知らないですって」
「その二日が何か俺達に関係あるの?」


 金髪と銀髪の青年達の会話を余所に、女性のような優しげな面差しの赤バンダナの青年が訊ねる。サークレットの青年は晴れやかな笑みを浮かべた。


「エイト、良い質問だね。そう……関係大ありなんだ」


 彼はすっくと立ち上がった。一同の視線が彼に集まる。


「今、君達に問いたい。君達は良いお兄さんか!?」
「良いお兄さんです! 妹大好きッ!」
「ちょっと犯罪の臭いがする」


 青髪の叫びに、童顔の少年があどけない笑顔のまま言う。黒い長髪の不思議な瞳をした青年が、穏やかに言う。


「客観的に見て、皆きっと良いお兄さんなんじゃないかな」
「俺達の兄貴ことアベルさんが言うなら間違いない」


 サークレットの青年は大仰に頷いた。


「ならば良いお兄さんである君達に問う。君達は常日頃から良い夫婦として営みを行っている。そうだな!?」
「ぶっふぉ!!」


 若干名が口に含んでいたものを吹き出しかけた。サークレットがその若干名の方を向く。


「どうした、子孫達よ」
「どどどうしたじゃないっすよサタルさん!」
「藪から棒になな何を仰るのです!」


 真っ赤な顔をして銀色と金色の髪の青年達が絶叫する。サタルと呼ばれたサークレットは神妙な顔をして言った。


「何をってそのままのことだ。君達は君達の伴侶と毎日夫婦の営みを行っている。そうだろう?」
「卑猥に聞こえる言い方やめて下さいよ! 子どもだっているんですから!」


 銀髪は隅に座る少年達を指さす。緑のフードを被った少年は純朴ににこにこと笑っている。そこに金銀の青年達ほどの動揺はない。


「営みって何ですか?」
「ほら見ろ!」


 銀髪の吠える一方で、もう一人子どもと称された童顔の少年は真面目な顔で口を開く。


「伴侶はいませんが、僕は天使として仕事を始めてから毎日人間のありとあらゆる夫婦の営みを監視してきました。その経験に免じて行っていることにしてくれませんか?」
「キャリアは十分か……良いだろう。認める」
「何が良いんだよ! てか何監視って!」
「ナイン、その話もう少し詳しく」
「黙れ変態!」


 童顔のナインに向かって身を乗り出した青髪は、すかさず飛んだ銀髪の鉄拳によって後方に吹き飛ばされた。息を荒くしている銀髪に、ナインの澄みきった瞳が向けられる。


「アレンさん。監視というのは僕達天使の仕事の、最も重要な一つです。天使は女神様によって作られし時よりずっと、自分の守護する村に住む一人一人の生活を見守り、そっと手助けしてきました。僕はもう天使ではなくなってしまいましたが、今でもその仕事は希望があれば続けています。僕は体力ありますし手練れの仲間もいますから、何日続けても監視対象がどこへ行こうと見逃す事はありません。希望される方はアレンさんのような恋人と仲睦まじい方から冷戦状態にある方まで様々です。アレンさんも如何ですか?」
「え、ちょおま……何言って」
「コースは色々ありますが、人気なのは一ヶ月バリューコースと<ゆうべはお楽しみでしたね>コースです。お値段は勿論お安くさせて頂きます」
「は? あの……」
「あ、依頼者の声を聞いてから考えたいですか? それならこちらをどうぞ。最近ですと、『詳細な報告書が素晴らしいです』とか『おかげで妻と別れる明確な理由ができた。ありがとう』とか『いつもよりスリルがあって楽しかった。またお願いします』などがありますが――」
「それただの探偵稼業じゃねーか!」


 アレンは叫んだ。


「しかも何か危ねー仕事もやってるし! お前そんな顔して何考えてんだ!」
「需要ありますよ?」
「そうかもしんねーけど……ちょっとアレフさん、何とか言ってやって下さいよ!」


 アレンはナインから渡された資料をアレフに流す。アレフは眉根を顰めてそれを注視して、やがて目を上げた。


「ちなみにこの……ゆ、<ゆうべはお楽しみでしたね>コースとは、どのような……」
「何興味持っちゃってんですか!」


 顔を僅かに赤らめるアレフをアレンの鉄拳が襲った。


「それはですね」
「お前も答えんな!」


 待ってましたと言わんばかりのナインにアレンの怒号が飛ぶ。彼はわなわなと震えながら、


「お前っ、まだそんなに小さくて若いってのに、こんな商売に手ぇ出してっ……そんなんじゃ嫁に行けねーだろうが!!」
「わあ、父さんみたいだー」
「うーん、僕も見習わないと」
「言うべき事はそれだけですか?」


 感心した様子の緑フードの少年とアベルに、エイトはたまらず訊ねた。
 その時、鼻で笑う声が聞こえた。一同が目を向けた先には、緑髪の美青年がいる。彼は琥珀で満ちたグラスを煽り、透明になったそれを静かに机上へ戻す。形の良い唇から熟した果実の香と共に溜め息が零れ、端正に過ぎる顔立ちが艶然と笑みを形取る。


「軽ぃ夜の話だけでギャーギャー騒ぎやがって、これだからロトのガキ共は……マジでアレついてんのか? おめーら」
「うっせーゲスイケメン。顔が良いからって調子のんな」


 アレンのこめかみに青筋が浮かび上がる。挑発的な碧眼と怒りに燃える空色の間で火花が散る。空気が張り詰める。しかし直後、朗らかな声がそこに割って入った。


「いやー申し訳ない。どこでどう間違ったか二人ともこんなに純粋培養になってしまった。あと彼らの名誉のために言っておきたいがどちらもアレはついている。この目でしっかと確認した」


 サタルの顔も声の調子も真面目そのものだったがそれがかえって可笑しく、空気は一気に解れてしまった。一斉に笑い出す一同。アレンは、苦笑しながらも先祖に言った。


「ああもう、ツッコミ入れすぎてもう何にツッコんだらいいか分かんねーけど……とりあえずサタルさん、その変な畏まった喋り方やめて下さいよ。一体何がやりたいんですか」
「うん、分かったやめる」


 サタルはあっさりと言った。そして華やかな笑顔で言う。


「じゃあみんな、『I love you』って『好き』や『愛してる』を使わないで言ってみて」


 一瞬で空気が固まった。


 ――いきなり、何を言っているんだこいつは。


 そんな空気を読み取ったのだろう。サタルは説明を始めた。


「いや、ちょっと気になったんだ。みんな自分の恋人に愛してるとか好きだよとかって言うだろ? でもあんまりそればっかりだと、せっかく愛情を表した言葉がだんだんありきたりで薄っぺらくなってくような気がしねえ? それじゃつまんないなーと思ってさ、ならその気持ちを伝えるための言葉にバリエーションがあれば思いが劣化しないで伝わるんじゃないかって思って。だから色んな言い方が知りたいんだ。あと、一言で『I love you』って言ったって込められたものは色々だろ? その差も知りたいんだ」


 サタルは一同の顔を順々に見ていく。


「どうかな……これだけ人数も揃ってるし、面白いんじゃないかって思うんだけど」


 男達は顔を見合わせた。真っ先に声を上げたのは、いつの間にか復活していた青髪の青年だった。


「やる! めっちゃ楽しそうじゃね!?」
「おっ、レックならそう言ってくれると思ってた」


 サタルはレックに嬉しそうに笑いかけた。


「僕もやってみたいな。みんなの言い方が聞いてみたい」


 アベルが賛成する。他の者達も賛同し始めた。


「俺も聞いてみたいかな」
「自分のが思いつかないけど……楽しそうだね」
「うん」
「お、俺も気になります」
「いんじゃね? やれば」
「別にそんなこと言わねーけど……」


 皆の視線がアレンに集中する。途端に彼の頬がさっと赤くなり、叫ぶように言った。


「やりゃーいんだろ! 分かったよ!」
「じゃ、アレフから言ってみようか」
「え?」


 アレフはきょとんとする。サタルは微笑んだ。


「ねえ、アレフは愛しのローラ姫に『愛してる』ってどうに言う?」
「いっ愛しの……!?」
「ウブな女子みてーな反応してんじゃねーよ。おらさっさと言え」
「わ、分かっている!」


 アレフは茹で蛸になりながら、しかしきっと覚悟を決めて言った。


「一生お仕えさせて下さい!」
「……何で敬語? まだ敬語で話してるんだったっけ?」


 サタルの問い掛けに、アレフは照れ臭そうに答える。


「いえ、普通に敬語なしで話してるんですけど……やはり彼女は俺の仕えるべき姫で、俺は臣下なんだって感覚が抜けなくて」
「ああ、それ分かるなあ」


 エイトが同意した。緑フードの少年が彼の方を向く。


「そう言えばエイトの相手も仕えてた姫だったよね」
「うん。アルスのとこのマリベルちゃんは網元のお嬢さんなんだよね。そういう感覚ある?」


 アルスはちょっと考える。


「僕はないなあ。親同士が仲良いから、上下関係とか考えたことない」
「マリベルちゃんの場合、アルスに敬語使われたりしたら逆に怒りそうだな」


 サタルがにやにやして言う。アルスは目を丸くした。


「そう、昔お嬢様らしく接しろって言われたからそうしたら、怒られたんだよ。どうして分かるの?」
「ああいう子は自分をお姫様みたいに大事にして欲しいからそういうこと言うんだけど、自分的に気に入らないことはして欲しくないのさ」
「……そんなの分かんないよ」
「女性は気紛れだからな。要はマリベルちゃんはアルスの大事なお嬢様であると同時に、唯一無二の幼馴染みでもいたいんだよ。だからさ」
「うーん、よく分からないや」


 アルスは考え込んでしまう。そのうち分かるさ、とサタルは微笑ましそうに彼を見ながら言った。
 一方、アレフがエイトに向かって問いかける。


「やっぱり俺は庶民で姫は姫だし、彼女のためなら何でもして差し上げたいと思ってしまうんだが、そう思わないか?」
「思うよ。でもミーティアはたまにちょっとズレてるから、何でもって言っちゃうとまずいことになるんで、俺の場合俺ができる限りって限定がついちゃうかな」
「ローラ姫だってちょっとズレてるだろ」
「ズレてるとは失礼な」


 レックの一言にアレフはムッとする。


「姫……ローラは凡人とは異なる発想をする人なだけだ」
「それをズレてるって言うんじゃねーの?」


 ソロが言って、一同が笑う。サタルが同意した。


「ローラ姫は天然だからな……いや、でもただの天然じゃないか」
「ただの?」
「いや何でもない。じゃあ、同じくちょっと天然なミーティア姫にエイトは何て言う?」
「え、愛してるってことを?」


 頷く人々。エイトは顎に手を当てる。


「いつまでも守るよ、っていうのが一番近いかな」
「ほうほう」
「その心は?」
「そんな大した理由はないよ。俺にとってずっと幸せでいて欲しい大事な人だからっていう、それだけ。人を愛する理由なんて、それだけで十分じゃない?」


 そう言うエイトに、問い掛けたレックは感嘆して声を上げた。


「へー! エイトは顔は可愛い系だけど、言うことは男らしいな!」
「可愛いは余計だよ」
「その、彼女に守られてるって? ミーティアは戦えないだろ?」


 アレンが尋ねる。


「戦いじゃないんだ。彼女の言うことやること、あとは存在だけでも救われることが多いんだよ。だから、守られてるなって」
「謙虚だなー!」
「レックも見習った方がいいんじゃね?」
「何言ってんだよ! 俺超謙虚だっての」
「じゃあ謙虚なレック王子は『I love you』を何と仰るのでしょーか?」


 からかうような口調のソロに構わず、レックは恥じらう素振りも見せず、堂々と言った。


「お前といると幸せだ!」
「レックらしいね」


 アベルが笑いながら言った。レックは麦酒を煽って口元を拭う。


「だって好きな人と一緒にいられるって幸せじゃね? だからそーゆー気持ちが愛ってヤツなのかなーって思ったんだけど」
「うん、一理ある」
「アベルは?」
「どんな時も君の隣にいる、かな」


 アベルはさらりと言った。


「僕とビアンカは離れ離れの時間が多かったからね。もう彼女と離れたくないし、一人にしたくないんだ。レックじゃないけど、僕も好きな人の隣でどんなことでも分かち合いたいんだよ」
「どんなことでも……か。アベルが言うと本当に寄り添ってくれそうな心強い感じがするな」
「病める時も健やかなる時もってヤツだね。最低の時を共有できる人じゃないと最高の時を分かち合う資格がないと言った女性は、どこの世界の人だったかな」


 サタルが歌うように言って、アベルの言葉に唸っているアレンを見てにやりと笑った。


「さて、アレンが何て言うのか聞かせてもらおうか」
「お、俺!?」


 アレンはしまったと言いたげな顔をした。自分も言わなくてはならないことを忘れていたらしい。サタルの瞳に悪戯な光が宿る。


「ほら、俺をサマンサちゃんだと思って言ってみなよ。キスまでなら許してやるから」
「何させる気なんだアンタは! ぜってーしねーからな!」


 吠えるように言って、アレンは頭を抱えた。彼をアルスが覗き込む。


「何かあった?」
「……思い浮かばねえ」
「俺と人生という名の冒険の書を記録しようぜ」
「…………」
「君は俺の光の玉。君がいない世界に希望などない」
「…………」
「毎晩俺の稲妻の剣でフィーバーしよう」
「…………」
「「「へんじがない ただのしかばねのようだ」」」
「るっせえ黙れ色ボケトリオがッ!!」


 アレンは机を思い切り叩いた。向かいのレック、サタル、ソロは三人揃っていい笑顔を浮かべている。


「アンタら考えさせる気ねーのかよ!?」
「助けようとしてんじゃん。ほら、冒険の書ダメ?」
「ダメだ! ドン引かれるに決まってんだろ!」
「せっかく可愛い子孫のためを思って言ってるのに……で、光の玉は?」
「お気持ちはありがたいですがクサいしスケールが無駄にでかいです!」
「ほら、てめーの稲妻の剣で一本釣りしてみろよ」
「おめーが一番ダメだこのゲスイケメン! 顔面大破しとけ!」


 一気に突っ込みを放ったアレンは息切れしてしまう。そこに、荒く息をする彼の肩を叩く者がいた。


「まあ落ち着いて下さいアレンさん。はい、あちらのお客様からです」
「う……悪ぃなナイン、エイト」


 水を渡したナインが指し示した先で、エイトが首を振った。水を飲むアレンをじっと見つめて、ナインが口を開く。


「アレンさん……別にアレンさんのが稲妻の剣じゃなくて聖なるナイフでも、サマンサさんは何も気にしないと思いますよ」
「ブゴッ!!!」


 アレンは盛大に水を吹き出した。


「ゲボッゲホッ!」
「大事なのは剣の大きさではなく、貴方の愛の大きさです。愛ある者に女神様は祝福を、お力を下さいます」
「ゲホッうおぇ……ッ」
「ちょっとアレン大丈夫!? サタル笑ってないで布巾貸してよ!」


 激しく噎せこんだアレンを案じたエイトが駆けつけてきた。彼より近い席にいるはずのサタルは突っ伏して小刻みに震えている。その両隣のレック、ソロも共に机の下や床に撃沈して笑いこけていた。
 よく意味の分かっていないアルスが布巾を取ってエイトに渡す。彼は素早く周辺を綺麗にして、アレンの背中を擦った。


「大丈夫?」
「ああ……」


 アレンは呼吸を整えようと深く息を吸った。呼気を吐く彼の背中をエイト同様擦っていたナインは、心配そうな面持ちである。


「大丈夫ですか?」
「お前な……」
「すみません」


 ナインは頭を下げた。


「でも、女神様は本当に愛ある者へお力を下さるんです……例えそれがベッドの上で折れようとしている、ちっぽけな剣であったとしても」


 全員咳き込んだ。アレンは目を涙で潤ませながらナインを指差す。


「だから! なんでそうなるんだよ!?」
「え、違うんですか?」
「ちげーよ! 何で俺が短――そこ笑いすぎだいい加減やめろ!!」
「だって……くっ」
「ひーッひーッ」
「腹いてえ……ッ」


 アレンの正面に座る三人は過呼吸になりかけている。アレンは顔を赤くして叫ぼうとした。だがその前に、別の者が彼に手を掛けた。


「アレフさん……」
「アレン、その」


 アレフは真摯な眼差しで子孫を見つめる。そして、凛々しい顔立ちを僅かに赤らめて俯いた。


「すまない……!」
「一体何を謝ってるんですか! つい笑っちゃったことに対してですよね!? そうですよね!?」


 アレンがアレフの肩を揺する。アベルが両者を宥めに入った。


「まあまあ落ち着いて、物事は前向きに考えようよ」
「だからなん――いやこれは単純に励ましてくれてるのか? 何かもう分かんねーよ!」


 アレンは再び頭を抱えた。アルスがやはり頬を染めながら言う。


「大人って、大変なんだね」


 アレンは突っ込む気を失った。


「はい、みんな落ち着いて! もーアレンが破裂しちゃうってば」


 エイトが見かねて助け船を出す。ナインがまた頭を下げた。


「ごめんなさい」
「悪い悪いアレン」
「冗談だから。きっと君が案ずるようなことはないよ」
「稲妻の剣だもんな」


 謝ってるのか謝っていないのか分からない数名の言葉を聞きながら、アレンはグラスを干した。空になったそこに、エイトがすかさずバーボンを注いで言う。


「じゃあ気を取り直して、アレンの愛の言葉を聞こうか」


 アレンはグラスを落としかけた。エイトが素早くそれを支える。赤バンダナの似合う彼は、目が合ったアレンに女神像と間違う程の微笑みを投げかけた。


 ――コイツ、できる……!


 体力を大分消耗していたアレンは、そんなよく分からない言葉を考えた。


「おら言えよ」
「……言うことねーよ」


 ソロが命じるが、アレンはそっぽを向く。


「んなこたぁねーだろ。さあ言ってみろ、てめーの口は何のためについてんだ?」
「あの子に好きだと伝えるため!」
「そんなわけあるかッ」


 ソロの問い掛けにレックが乗る。それをアレンは一蹴した。サタルが彼をまっすぐ見つめる。


「またそんなこと言って、本当は好きで好きで愛しちゃってしょうがないくせに」
「べ、別にそんなんじゃないですよ」


 アレンは面白がるような先祖の瞳を睨み付けた。


「だってアイツ本当手間かかるんですよ。町の中ですぐ迷子になるし、よくめんどくせーことに巻き込まれてるし、やたらナンパされてやがるし、そのくせ自覚はねーし、隙だらけだし、この間だって――」
「何だ、大好きなんじゃないか」
「だから違ぇってッ!」


 アレンはアベルからの言葉を力一杯否定してから続けた。


「放っとけねーんだよ! 俺が見てねえと何するか何されるか分かったもんじゃねえ! それで面倒見てんだ、だから大好きとかそんなんじゃねえよ!」
「それはもう『愛してる』って言うんだと思うよ。ねえみんな」


 自分以外の全員が頷くのを見たアレンは出かかった否定の言葉を呑み込んで、代わりに赤くなった。ソロがにやりと笑って言う。


「てめえはもーちっと素直になった方がいいんじゃねえの?」
「うるせえ」


 アレンはまた明後日の方向を向いてしまった。アレフが彼にポテトフライを勧めると、親の仇と言わんばかりに猛然と食らい始めた。
 それを横目に見ながらサタルがソロに尋ねる。


「じゃあ、ソロは何て言う?」
「んー、まあ滅多に言ってやんねーけど……あれだな」


 紫色をした双眸の底が光り、口元が不敵に吊り上がった。


「死んでもお前を離さねえ」
「うわ、イケメン降臨しやがった」
「そこまで言えるって凄いなあ」


 レックが大仰にのけ反り、アルスは感嘆の声を漏らした。サタルが彼のグラスに酒を注いで言う。


「女の子だったら誰でも、一度はソロにそう言ってもらいたいだろうな」
「俺はシンシア以外にこんなこと言いたくねえ」
「出やがったシンシア狂」


 ぼそりとアレンがポテトをつまむ合間に言うが、本人には聞こえなかったようだ。彼は隣の勇者に目を移していた。


「サタルはどうなんだよ? 言い出しなのにまだ言ってねえじゃねーか」
「ソロの後だと霞むから嫌だなあ」


 まあいっかと彼は独りごちた。


「君の望むままに……でどう?」
「サタルさんらしくていいんじゃないですか?」
「そう言ってもらえると有り難いね」


 賛辞を述べるナインにサタルはにこやかに応じた。一方ソロは微妙に眉根を寄せる。


「悪くねーけど、おめえの台詞はいちいち何かくせえよな」
「性分だからじゃねえの? ソロはこういうこと言うタイプじゃないよな」


 サタルにソロは大きく頷く。


「ケツが痒くなる」
「だよね。こんなこと言ったらソロじゃない気がする」
「なあなあアルスは? まだ言ってねーよな!」


 レックの声に、小魚をつまもうとしていたアルスははたと手を止めた。


「そう言えば言ってなかったね」
「聞きたいなーアルスのが」
「そう言われても……」


 アルスは困ったように微笑んでいる。少し考えて、


「強いて言うなら……ずっと見ていたいかなあ」
「マリベルのことを?」
「うん」
「見るだけで満足できんのかあ?」
「こらレック、アルスを困らせない」


 赤くなって俯いたアルスを見て、エイトがたしなめる。レックは懲りずにまた尋ねた。


「マリベルの何を見ていたいんだ?」
「何をって、笑った顔とか怒った顔とか」


 アルスは照れながら言った。


「どんな顔してても可愛いなって、いつも思ってるんだ」
「……アルスも地味にツボを突いてくるよな」
「ツボとは何ですか?」


 心なしか嬉しそうにサタルが言う。アレフが質問すると、彼は気楽な口調で答えた。


「後でゆっくり教えてやるよ」
「よ、よろしくお願い致します」


 さて、とサタルが手を叩いた。一同が彼に注目する。


「お待たせしました……ナイン、君の出番だよ」


 つられて視線の束が天使に移った。ナインは動じずにサラダを咀嚼して、飲み込んでから首を傾ける。


「僕ですか?」
「『I love you』を、ナインは何て言う?」


 ナインは天使と呼ぶに相応しい笑顔を浮かべた。


「貴方に星空の加護がありますように」


 皆、言葉を失う。


「……間違ってはいないかな」


 エイトが生温い笑みで言った。レックが彼の方を向く。


「え、間違ってねーの?」
「もともとloveっていうのは神に対して使う言葉だったんだ。だから間違ってはいないはずだけど……うん」


 エイトは穏やかな眼差しをナインに注いだ。サタルが口を開く。


「ナインはさ、好きな人とか恋人はいないの?」
「恋人はいませんが、皆さんのことは好きですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「いけませんか?」


 真冬の空のごとき澄んだ瞳で不安そうに問われたら、もう何も言えない。アベルが思わず答えた。


「そんなことはないよ。僕達も君が大好きさ」
「本当ですか」


 天使の顔がぱあっと明るくなった。その嬉しそうなことは、釈然としない様子のアレンやレックが開きかけた口を再び閉じてしまうほどだった。


「やーナインには敵わないなあ。よーしみんな、飲み物を用意しろ」


 サタルが声をかける。何を急にと思いながらも、皆何となく従う。各々のグラスに様々な色合いが満ちる頃、サタルがグラスを掲げた。


「乾杯しよう。俺達のナインが、いつの日か愛する人と星空に祝福されることを祈って――」
「え、それなら今日のことじゃないんですか? 皆さんは僕の愛する人です」
「いやあの……うん、俺達も愛してるよ? だけどそうじゃなくてさ――」
「めんどくせー! 俺達に星空の加護がありますようにッ!!」


 乾杯! とレックがジョッキを掲げる。一同の声がそれを追う。また響き始める笑い声を、星空が宿ごと優しく包み込んだ。










20131220