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博多藤四郎は長谷部と散歩している。本丸の庭園は今日も見事で、何処をどの角度から見ていても飽きない。博多は花を見るのがお気に入りで、彼方此方を歩き回っていたが、やがて連れのことが気に掛かり始める。彼は長いこと藤棚の方を見たまま、動いていない。またいつもの癖が出たらしい。
「長谷部、何しようと?」
博多は優しく尋ねた。
「藤の花を見ていた」
鈍色の頭は振り返ることなく応じる。
「あの隙間から、たまに懐かしい顔が覗くんだ」
長谷部は目を細めている。博多も藤棚を眺めてみた。長く連なり軒を揃える藤色の花弁がゆらゆらと風に吹かれる。しかしどれほど見つめても人の顔など見えない。手前に奥にと細かな花々の揺れる様が、目の回るような心地を催すだけだった。
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縁側の陽だまりに燭台切光忠が腰掛けている。そこへへし切長谷部が通りかかる。
「長谷部君」
「なんだ」
即座に長谷部は立ち止まった。振り仰いだ燭台切は露わになっている方の目を柔らかく眇める。
「今日もいい天気だね」
「ああ」
長谷部も口元を僅かに緩めた。束の間二振は共に庭を臨む。青い空、白い砂、その狭間でくっきりと浮かび上がる松を眺める。
「長谷部君」
「なんだ」
長谷部は座る男を見下ろした。燭台切は庭を眺めたままだった。
「ごめんね、何でもないよ」
「そうか」
長谷部が縁側の先へ消え、燭台切は溜息を吐く。吐息が抜け切るのと同時に、その姿は失せた。
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霰に敷かれた石の上を大小二つの影が歩いている。大は次郎太刀、小は蛍丸である。二振とも背に本体を背負い、よく周囲を見回していた。
「いい庭じゃないか」
「そーですね」
朗らかな次郎太刀に対して、蛍丸の台詞は棒読みに近い。そっぽを向いて言う。
「でも俺は嫌いだな」
「迂闊なことを言うんじゃないよ」
朱を引いた目が素早く左右を窺い、立ち止まって腰を折ると彼の耳に囁いた。
「主が約束しちゃったんだ。今はここにいるしかない」
「そうかもしれないけど」
蛍丸は異なる方を窺う。視線の先には一の丸がある。その近くに聳え立つ岩が陽射しを鋭く照り返している。
「出られたらいいなあ」
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道場で二つの影が向き合っている。それぞれの本体は鞘に収められたままで、戦うそぶりは微塵も見られない。
「主も若いのに無茶なことをする」
正座した三日月宗近が言う。本体は正面に横たえてある。
「若くはねえよ。ありゃあイイおっさんだぜ」
胡座をかいた同田貫正国が言う。本体を腕に抱えて肩へ立て掛けている。
「はて、そうであったか。随分と無邪気なのに若人ではないのか」
「まあ俺らからすれば赤ン坊みてえなもんだけど、見た目で分かるだろ。あとあれは無邪気なんじゃねえ、無鉄砲の考え無しって言うんだよ」
三日月はまったりと膝を叩いて笑う。同田貫は渋面で懐に手を入れ、小さな物体を取り出した。巾着のようである。
「あーあ、こんなのどうしろってんだよ。絶対役立たねえよ」
「いや、分からぬぞ」
三日月は袖で口元を覆う。
「人の世にはよく分からぬものが数多いるからな」
「俺たちの主みたいにな」
「はっはっは」
同田貫が眉根を寄せていると、三日月はまたも笑う。
「壊れてもなお役立つならば本望、道具冥利に尽きると言ったところだろうなあ」
「羨ましいぜ」
俺だって戦場で使い回してもらえそうなところが良かった。同田貫は独りごちた。