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 本丸地下、刀剣達の住処からは下に離れた位置にある機械室は騒然としていた。浮かび上がっていた美しい本丸の景色は消え去り、壁に埋め込んだ大小様々のパネルには機械室の暗がりだけが虚しく写り込んでいる。ブラックアウトした画面を凝視する審神者の横で、石切丸がマイクに向かって叫んでいる。

「青江、青江! 返事をしなさい!」

 しかし画面は依然として黒いまま、スピーカーから声が響くこともない。審神者は呟く。

「意識が途絶えたんだ。あの機械は、普通ならば視えないものをはっきり映すために、青江の眼とリンクしていた。だから青江が意識を失ったら、交信が切れてしまう」

「青江自身に交信は出来ないのかい」

 歌仙兼定が、審神者の前に広がって点滅する術式機器を指差す。

「君の──審神者の力をもって、青江に働きかけることは?」

「やれるだけやってみるけど、厳しいな」

 審神者は画面を見上げたまま言う。

「術式は魔法じゃない。機械に組み込まれた計算式と同じで、予め設定された機能でしか働かない。今俺が青江に対して出来ることは、断続的に霊力を送り込むことだけだ」

「それでもいい。何が彼の意識が戻るきっかけになるかは分からないのだから」

 石切丸が音を立てて台座に手を突く。

「ああもう、もどかしいな。今この瞬間にも、青江のカメラは何か映しているかもしれないのに」

「もう少しの辛抱だ」

 審神者は言い聞かせるように言う。

「意識が落ちたら非常時機能が作動して、予備カメラで撮影した内容を送れるようにはなってる。でもそれで、にっかりの意識が戻らなければ……」

「大将ッ!」

 機械室の扉が開き、厚藤四郎と愛染国俊が飛び込んで来た。二振とも肩で息をしているにも関わらず、白い顔をしている。

「にっかりの刀身に、錆が」

 審神者を中心とした三者は三様の反応を見せた。歌仙は驚きの声を漏らし、石切丸は眦を吊り上げる。審神者はいち早く身を翻した。

「歌仙、ここは任せた。石切丸は愛染と交代、一緒について来てくれ」

 審神者は厚藤四郎と石切丸を伴い機械室を飛び出した。にっかり青江の刀身は、博多藤四郎のものと共に手入れ部屋に安置してある。此処からはさして遠くない。階段を駆け上り、手入れ部屋を開け放つと、大倶利伽羅と宗三左文字が結界の張られた二振を見守っていた。

 宗三左文字が振り返り、据えられた脇差を指差す。

「錆が浮き出て来たのは二分ほど前です」

 見た方が早いでしょうと身を引く。代わりに審神者は座り込んだ。確かに、剥き出しの青江の刀身には一筋、人間の指ほどに長く細い錆が浮いていた。

「変わっているでしょう」

 背後から覗き込む宗三の言葉に頷く。触ってみた感触は確かに錆なのだが、一ミリもない細さで直線上に並んだものは珍しい。これは錆というよりも、まるで。

「刀傷のようだな」

 審神者が考えていたのと同じことを大倶利伽羅が言った。合わせて頷く。

「そうだな。瘡蓋みたいだし、斬られた痕みたいだ」

「実際襲われたのかもしれないよ」

 石切丸は目を眇めて、博多藤四郎とにっかり青江の刀身を見比べる。

「青江が薬研藤四郎の幻を見ていただろう。あの薬研藤四郎は傷だらけで、最終的に彼の本体も錆びついて折れた。偶然の一致とは思えないね」

「ならば、薬研の時からずっと訪れた者を襲う何かがあの屋敷にはいて、青江も今まさにそれに襲われたと?」

「ああ。しかもその襲撃者は、過去の傷付いた刀達の傷跡と、この青江の様子から考えるに──」

「へし切長谷部でしょうね」

 窺うような大太刀の視線を受けて、宗三が後を引き継いだ。

「この感じ、見覚えがありますよ。長谷部が襲ったと見て間違いないでしょう」

「これまで全然気配がなかったのに。蔵の前で言ったことに反応して出て来たのか」

「主、先に手入れをしてしまおう」

 石切丸が提案する。

「私は少し離れて祈祷をするから、主は手入れを。傷を治せばひとまずは折れないはずだ」

「そうだな」

 審神者はにっかり青江を抱えた。