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桶に入ったたっぷりの漆喰はぬらぬらと白い。そこへ刷毛をずぶりと沈め、鈍い光沢を纏ったそれを壁へと這わせる。この作業を、博多藤四郎は一心不乱に繰り返していた。
これを壁に塗って欲しいと長谷部が言ったのはどれほど前だっただろう。長谷部は重い桶を抱え、博多は刷毛を持ち、屋敷の西へやって来た。西の壁は何処も純白で、色を塗るべき場所等何処にもないように思えたが、長谷部は迷わずその一角を指差した。以来、二振並んでずっと壁を塗り続けている。
漆喰は粒一つない滑らかな白で出来ていた。塗ってみてもざらつきが目立たない。長谷部の持ってくる漆喰はいつもこれだが、正体を聞いたことはなかった。聞く気も起きなかった。
これは良い漆喰なのだろうと訊ねると、長谷部は笑った。
「確かに、これは一等良い漆喰なのだろうな」
そう言って屈み込み、また桶に刷毛をつける。滑らかな白を見つめるその瞳が一層甘やかに感じるのは、それだけの価値があるものだからなのだろう。博多もより一層丁寧に漆喰を塗る。一滴も零さず、無駄にしないよう、丹念に塗り込れば、壁は塗った傍から光り輝き、陽の光を柔らかく吸い込んだ。
西の壁一面が真新しい白に染まって来た頃、ふと長谷部が刷毛を動かす手を止めた。
「博多、ここは任せた」
返事をしようとした時だった。
鯉口を切る音がしたように思った。博多が振り返った時には、へし切長谷部の姿はもうそこに無かった。