ソウルの手は、すべすべしているらしい。
この間、ちょっとしたことでソウルの手に触れたリズがびっくりしていた。
――お前の手って、何でこんなすべすべしてんの?
そう彼女が彼の手をさすりながら聞くと、そうか? なんてソウルはすっとぼけた答えを返した。姉の声を聞きつけたパティが、わあっホントだあなんて言って姉が掴んでいない方の手を取って撫でくりまわす。両手に花な状態なのにソウルは顔を顰めていて、その顔つきの渋さは、姉妹を押しのけてブラック☆スターが出張ってきた途端更に増した。
――おっ、マジだすげえ!
ブラック☆スターに両手を握られたソウルは呆れた様子で、離せよアホくせえなんて言いながらどうにかしてくれよって目で椿ちゃんを見るけど、椿ちゃんはくすくす笑うだけで、ソウルは諦めたみたいに溜め息吐いてたっけ。
そんなことがあってから何となく、私はソウルの手が気になっている。
ソウルの手って、そんなに特別にすべすべかなあ? 改めて思い返してみようとするけれど、よく思い出せない。ソウルの手はそれなりによく触っているはずなのにおかしい。でも不快に感じたら覚えているはずだから、つまりソウルの手の触り心地はまあまあいいということなのだろう。
そういう形で一応結論に辿り着いちゃえば、普通みんな満足するものなんだと思う。けど私って意外と知りたがりだから、こういうのって気になっちゃうと確かめたくなっちゃうんだよね。
「おい、風呂空いたぞ」
来た来た。ソファーで読書して待っていたら、バスルームからソウルが姿を見せた。湯上りで熱いのか、気怠そうに自分を仰ぐアイツに私は呼びかける。
「ねえソウル」
「なに」
「ハンドクリーム、塗ってあげようか」
「はあ?」
ソウルは仰ぐ手を止めて、こちらを見た。私はソファーの上に座ったまま両手を広げる。
「ほら、こっちおいでー」
「何でだよ。何かあんのか?」
「いいからいいから」
それでもなおソウルが世にも奇妙なモノを見るような目つきのまま立ち尽くすことをやめないから、私は笑顔のまま隣のスペースを指してやった。四の五の言わずさっさと来い。
「ソウル、シット」
「よく分かんねえ奴だなあ」
ぼやきながらもソウルは従った。私がん、と手を伸ばすとソウルもん、と手を出す。私は彼の手を取って、ポケットに忍ばせておいたハンドクリームのチューブを取り出した。まずは自分の手の甲にクリームを絞り出す。もちろん、これは私のではない。ソウルのだ。ソウルはちゃんと自分用のハンドクリームを持っていて、朝晩欠かさず塗っているのである。
「なんだ。風呂入る前に見当たらねえと思ってたが、お前が持ってたのか」
私はいかにも肌に優しい薬用って感じがする緑のチューブを、膝の上に置く。それから項に出しておいたクリームを指ですくって、ソウルの左手に塗り始める。
「うん、まあね」
塗りながら、その手をじいっと見つめる。ソウルの手は、言うまでもなく私のものより大きい。だから私より指は長いし、節も結構しっかりしてるけど太くはない。手の形の良し悪しなんて分からないけど、少なくとも不恰好ではありえないだろう。爪もちゃんと切ってある。
そして、肝心の手触りは。
「ねえ、ソウルって何でハンドクリームはちゃんとつけるの?」
私は時間を引き延ばすついでに、前から気になっていたことを尋ねた。親指の爪と肌の境をなぞる。皮膚が細かく剥げている箇所はなく、健康的なハリがある。他の爪周辺も見てみるが、ささくれは一つも見つからない。
「あー……クセ、かな」
ややあって返って来た答えに、私はふーんと返事をした。ソウルの人差し指を自分の人差し指と中指で挟んで、クリームでマッサージするように二本の指を滑らせる。少しごつっとした凹凸を、なめらかに滑る感じが気持ちいい。
「そう言えばソウルって一緒に暮らし始めた時からそうだったけど、いつも化粧水よりハンドクリームの方が減り速いもんね」
「よく覚えてるな。姑かよ」
手の甲を包み込むように掌を添わせる。何でこんなに滑りがいいんだろう。ていうか、ソウルって毛穴ある? 一応あるのか。ああそっか、髪も肌も色が薄いから目立たないのか。それにしてもキメ細かくない?爪も結構きれいな色してるし。
「別に文句なんて言ってないでしょ。最近の男の子って、そういうのにも気を遣うんだなーって思って」
「お前いくつだよ」
掌を上向かせ、手の皺を辿ってみたりしつつ万遍なく指を這わせる。男だからだろうか。日頃から鎌を振り回しているせいで手の皮が厚くなっているはずの私のより、皮膚が固い。けど軽く押すと、私の指を跳ね返すような弾力がある。まだオトコノヒトよりオトコのコに近いからなんだろうな。
「いやー若いですなー」
「おい、マカ」
ムラなくクリームを掌全体に伸ばそうとソウルの指の隙間にこちらの指を絡ませたところで、私は目を上げた。一対の紅玉がこちらに注がれている。その下の頬はまだ湯の熱が冷めないのか、虹彩が映ったように薄く色付いている。
「お前マジでどうしたんだ。時間かけすぎだろ」
「え? えーと」
あ、バレた。どう返したものか、私は迷う。別に何もやましいことなんてないし単なる好奇心なんだけど、「ソウルの手を触りたくて」なんて正直に言ったら引かれる気がする。
考えること〇.五秒。私の頭は無難な答えを叩き出した。
「ソウルの手、好きだなって思って」
にっこり。指を絡ませていた手をきゅっと握って、女の武器フル活用で返す。よし、頑張った私。これで誤魔化せる。
しかし、ソウルは真顔のままだった。眉一つ、それどころか口角の一ミリさえ動かさず、私の顔を凝視している。
あれ、私何か変なコト言った? とっても模範的な答えだと思ったのに。私が自分の言動を振り返り始めた頃、やっとソウルは私から視線を外し溜め息を吐いた。
「バカじゃねェの」
「はっ? バカァ!?」
その台詞で、私はようやく気付いた。確かに私の答えは無難だった。でも、発言者が私で向けられる相手がコイツだと、無難じゃない。悟った途端、顔がカッと熱くなった。恥ずかしいからじゃない、後悔したからだ。
「何よ、褒めてやったのに!」
「うるせえなあ」
「あっちょっと!」
「もういいって。自分でやる」
ソウルは私の膝からチューブを掠め取ると、まだ塗っていない右手にクリームを塗りつけ始めた。そして横目で私を睨んで、一方を顎で指す。
「それより早く風呂入って来いよ。ちんたらしてると夜が明けちまうぞ」
「誰のせいで遅くなったと思ってんのよ」
「俺は頼んでねえ」
まったく、可愛くない! 私が頬を膨らませて足音荒く出ていこうとすると、後ろから声がかかった。
「出てきたらこれ、塗ってやるよ」
振り返ると、ソウルがソファーにもたれかかって緑のチューブをぶらぶらと振っていた。目を眇めて挑発するような笑顔に、私はそっぽを向く。
「いい! だって頼んでなかったんでしょっ?」
「借りは借りだからな。お前にも俺の気持ち、しっかり味わわせてやる」
「何よそれ。ワケわかんない」
「いいから入って来い。ご奉仕はそれからたっっっぷりさせて頂きますよ、マイ・マスター?」
「いいだろう、受けて立つ!」
私は吠えて、バスルームとリビングを隔てる扉を威勢よく閉めた。その勢いのまま全部服を脱ぎ捨てて湯船に飛び込む。それから湯に沈みながら、ソウルの言うことはよく分からない、何で頼んでないなんて言いながら借りは返すし奉仕もするなんて言うんだろう、ひねくれてるなァまったく、なんて考えた。
何にしても臨戦態勢で臨もう。サシの勝負なら、職人として負けるわけにはいかない――私は決意して、風呂の中で柔軟を始めた。
その三時間後、本当に言葉通りハンドクリームやらボディクリームやら何やらを「たっっっぷり」塗りたくられて、しかもそれをまた風呂に入って落とさなければならなくなる羽目になるとは、この時の私は露ほども知らなかった。
(後書き)
「ソウルの手、すべすべしてるな」っていう某CDのスピリット先輩の台詞がきっかけで書けました。本当は指が命のピアニストの頃の習慣が抜けず、ハンドクリームを塗る突き指に気をつけるなど、つい手に気を配ってしまうソウル君の話をメインに書くはずだったはずなのですがまあこんなこともありますよね。これはマカちゃんが悪い(ソウル談)
漫画読み返して、ソウル君の手がだんだんイイ感じにえろくなっていくのを見てにやにやしてました。フィルターとか知ってます。幸せフィルター全開で楽しいです。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
またお会いできましたら幸いです。
20150906