【鳴】愛奴流桝汰亜☆シカマル①





 無機質な部屋には、人間と機材とがごちゃごちゃと詰まっていた。彼らはしばらく好き勝手に喋くっていたが、すそから五人の少年が現れた途端にそろってそちらへ群がり身を乗り出した。上座に据えられた長机に彼らが座ると、ユン棒のような巨大マイクとやたらしゃちほこばったカメラまでそちらを向いた。
 手帳を取り出した人々が矢継ぎ早に問いかける。カメラのシャッター音が負けじと鳴り響く。少年の一人が立ち上がった。黒い髪を一つにくくった彼はマイクを持っている。てんでんばらばらに叫んでいた人々が、シカマル君、シカマル君と口を揃えて呼びかけ始める。
「今回の件に、うちはサスケ君は関係してますか!?」
 どこかの誰か──あるいはどこかの誰かたちだったかもしれない──が言った。すると記者たちのざわめきはぴたりとやむ。
 五人のうち四人はそれに、微かな動揺の影を見せた。特に金髪の少年は、微かどころではなく顔を俯かせる。だがシカマル少年だけは、まだ丸みの残る頬の肉一つ動かさなかった。
「関係ねぇっすね。ちょうどこのタイミングで、来るべき時が来たって感じです」
 子供らしからぬかったるげな口ぶりで、彼は告げた。
「俺たち『A-R.operation』は、今日で解散します」
 部屋が、光の瞬きで白く染まる。
 シカマルは淡々と続ける。
「俺たちはこれまでのアイドル業界にない、歌とダンス以外に一芸を持つアイドルグループとして結成されました。そんな俺たちのカラーが好きだと仰ってくださったファンの皆様、型破りな俺たちを応援してくださった方々には感謝しております。ですが、そんな俺たちだからこそ、今日解散するべきなんだと思います」
 彼の切れ長の瞳が、ちらりと左隣に並んだ仲間たちを見やる。
「特徴あるアイドルとは言っても、俺たちはまだ十代前半。未熟です。もっとそれぞれの活動に専念して、自分を磨いていく必要があります。そのためにはグループの形にこだわり、お互いの枷となることがあってはなりません。一度グループを解散し、各自一芸を伸ばして──そしてたまに、お互いに活動する姿を確認しあいながら、励みとして成長していきたい。そう、メンバー全員が考えています」
 後のことはそれぞれから、と一度締めくくって、シカマルが席に着く。代わりに反対端に座る艶やかな黒き長髪の少年が立ち上がった。
 日向ネジである。
「俺は俳優として活動しながら、特に得意なアクションを伸ばしていきたいです。そのためにも、まずは半年後に公開される映画の撮影に全力を尽くします」
 彼は最年長らしい毅然とした態度を崩さぬまま、着席する。
 次いで立ち上がるのはわんぱく少年、犬塚キバだ。彼はどこか獣に似た瞳に強い決意を宿して宣言する。
「俺は一度、ブリーダーに戻ります。舞台犬の育て方をじっくり学んで、いつか自分の育てた相棒と映画を撮るのが夢です」
「僕はこれからもグルメレポーターとして活動していきたいです。やっていけるかどうか分からないけど……頑張ります」
 ふくふくとした秋道チョウジは、不安を滲ませながら言う。彼が座ろうとした瞬間、隣でけたたましい音を立てて椅子が倒れた。びっくりして跳ねるチョウジの隣、元凶である金髪の彼は大声を張り上げた。
「俺は、火影──木ノ葉芸能事務所イチのトップアイドルになる!」
 うずまきナルトの目尻に溜まった涙が、取材陣のフラッシュにチカチカと瞬く。
「そんでいつか、サスケをぎゃふんと言わせてやるってばよ!」
「そういうわけで。ソロ活動に励んでいくことになります」
 鼻をすするナルトの肩を叩いてやりながら、シカマルが締めくくる。
「メンバーの脱退から立て続けにファンの皆様を落胆させてしまうことになり、大変申し訳ありません。ですが皆さんご存知の通り、メンバー仲は決して悪くないので、今後も機会があれば共演していく予定です。どうかご理解いただき、そしてまた応援していただければ、これ以上幸いなことはありません」
 慎ましやかな言葉を流暢に述べ、詰め寄せた取材陣に質問の有無を問う。すぐに手が上がった。
「シカマル君はどうするんですか?」
「あー」
 ここで、能面のようだったシカマルの表情が初めて崩れた。細い眉を寄せ、やっぱり言わなくちゃダメか、と仲間にだけ聞こえる声で呟く。仲間たちは頷いた。
「俺は──」
 低く小さい声を聞き取るために、取材陣は沈黙する。シカマルは不安もなければ意思もない、のっぺりとした眼差しを虚空へと漂わせながら、言った。
「普通の男の子に戻ります」
 取材陣がどよめく。それでもシカマルの瞳孔は虚空を眺めたまま、やたらと焚かれるフラッシュを鈍く反射するのみだった。
 後に当時火影であった社長兼大女優・綱手は、この件について「いやあ、まさかあのシカマルが本当に言ってくれるとはな」と大手娯楽紙にコメントを寄せている。

 




***


 新参アイドルグループ『A-R.operation』がデビューして一ヶ月も経たぬうちに売れたのは、きっと個々人の話題性に原因があったのだろうというのが、昨今のアイドル評論家たちの共通した認識である。
 テレビや映画で評判の研修生を、一つところに詰めてみてはどうか。そんな思いつきから結成された六人組は、顔面偏差値重視のあまりただの量産型イケメンの集団になりがちだったアイドルグループの中でも異彩を放っており、瞬く間にお茶の間の話題となった。
 一過性のものともなりかねなかったそれに拍車をかけたのが、彼らが初めて持った冠番組「厨二N試験」だ。これは不規則に選ばれた『A-R.operation』の三名にゲスト数名に加えたメンバーで、教養クイズ、ステージサバイバル、題目ランダムの勝ち抜きトーナメントといった勝負を行い、それを見た審査員の判定によって「一番カッコよかった」とされた者が勝者となるというバラエティー番組だった。
 当初は不定期午後五時放送の緩くて小さなものだったが、ジュニアアイドルの冠とは思えない内容の面白さ、頭と体をフルに使わせられる試験内容の過酷さ、そして『A-R.operation』メンバーのカンペなし台本なしオールアドリブという状況にも関わらずばっちりと決めてくるコントじみたやり取りが大評判となり、ゴールデンタイムにまで進出した。
 しかし『A-R.operation』は、結成して一年も経たないうちに解散となってしまった。そのきっかけは、公にしていないものの誰もが察しているだろう、人気メンバーうちはサスケの脱退である。うちはサスケは多くの名優を輩出してきたうちは一族の出身で、デビューする前から研修生とは思えぬほどのファンがついていた。
 そのサスケが脱退、そして彼が他事務所との契約を確定させるまでに起こった諸事により、木ノ葉芸能は大痛手を被り、『A-R.operation』もサスケを交えた一部メンバーの大喧嘩──実際に喧嘩したのはたったサスケを含めたたった二人だが──を経て解散する流れとなった。これには多くのファンが嘆き悲しみ、さらに悲劇はそれだけに留まらず……という時期もあったが。
「シカマル、生きてるかー?」
「駄目っすね。山場です」
「ならいい。もう少し踏ん張ってこっちの山も崩してくれ」
 机に突っ伏した男のポニーテールを、落ちてきた書類の山の巻き起こした風圧が揺らす。突っ伏した男は抵抗するかのようにしばらくそのまま動かなかったが、やがて大きな溜め息と共にゆらりと上体を起こした。露わになった切れ長の瞳は、白目こそ向いていないものの、グリルでじりじりと焼き殺された魚のような絶望と虚無を孕んでいる。
「雲はいいよなー……」
 彼はその目で、向かいの窓に映る空を仰ぐ。彼の机に書類の山を置いた白髪マスクの男は、そんな疲れ切った後輩の横顔を見て憐れみを覚えたらしい。静かに首を振り、しみじみと呟いた。
「うん。それ、アイドルだった男がする顔じゃないよね」
「俺がアイドルだったって歴史が間違ってるんスよ。文句なら採用した三代目に言ってください」
「ほらほら、ファンの真似してやるから元気出せ」
「くれるならちゃんと休める有給にしてください」
「キャー! あのォ、あなた『A-R.operation』のリーダーだった奈良シカマルくんですよネー!?」
「誤魔化すな。そいつはもう死んで普通の男になったんだ。文句なら五代目に言ってくれ」
 机からミイラよろしく起き上がった男ことシカマルはコーヒーカップを呷り、自分の肩を揉んで首を回す。それでいくらかマシになったのだろうか。どうにか人間らしい表情を取り戻した彼は、大きく伸びをした。
「あーあ、馬鹿してる場合じゃねえや」
「お前ね。社長の気遣いを馬鹿って」
「サスケが戻ってきてからほんっとに首が回んねえ。これ、いつになったらマシになるんスか?」
「世間が落ち着いたら」
「雲はいいよなー」
 彼はもう一度空を仰ぎ、溜息をついた。
 都内某所、木ノ葉ビルディング三階、木ノ葉芸能事務所マネジメント部門。それが『A-R.operation』元リーダー、奈良シカマルの現在所属している職業グループである。
 齢十三にしてIQ200以上、面倒臭がりだが番組司会もライブトークもソツなくこなす天才インテリアイドルとして 注目された彼は、五年前のグループ解散会見にて何の躊躇いもなく引退を宣言した。しかし芸事以外でも有能な彼を、事務所が逃すわけがない。シカマルはあれから今日に至るまで、木ノ葉芸能のマネージャーとして、裏方に生きてきたのだった。
「お前さ」
 空を眺めるシカマルの横顔に、カカシは声をかける。シカマルは何すかとだけ返した。
「またアイドルやりたいとか、思わないの?」
「思うわけないっすよ」
 元アイドルは思いきり顔を顰めた。
「俺はそれなりに働いてそれなりの嫁さんもらって、それなりのガキと暮らして、それなりのジジイになって、それなりの老後を送りてえだけっすから。アイドルなんてそんな、めんどくせー」
 二度とやんねーなどと言いながら苦笑するその顔が昔より遥かに男前になったと言ったら、こいつは気が変わるだろうか。カカシはコンマ二秒程度考えて、そんなわけがないなとすぐに打ち消した。
 奈良シカマルは変わった男だった。己の優秀さを誰かに認めさせようなどと考えたこともない、ただ時間がぼんやりと過ぎるのを楽しんで生きたいだけの人間なのである。アイドルになったのも、彼の師にやるだけやってみろと言われてやれてしまったから。マネージャーになったのも、楽しいことがなくもなさそうなそれなりの職種だからという、それだけの理由からだ。
 しかしアイドルになってみれば語りができる司会ができる、さらに歌まで上手い。音符が読めないくせに一度曲を聴かせてみればその通りに歌えるものだから、同期研修生努力派勢にどつき回されていたこともあった。そしてマネージャーになってみれば、この通り。担当アイドルを抱えながら社長であるカカシの補佐までこなしている。
 恐るべきハイスペックローやる気男、奈良シカマル。天が彼に二物以上を与えていることを知らないのは、きっと当人だけだろう。彼にないのはきっと意思のみなのだ──そうカカシが考えかけた時、新たな影がオフィスに舞い込んできた。
「シカマルーっ」
 騒々しい蛍光オレンジのTシャツをまとったそれは、人気アイドルうずまきナルトだった。彼の、居るだけで華やぐ雰囲気に触れ、カカシはたった今考えていたことを修正する。
 いや。シカマルにも、ほんの少しだけないことはないのか。
「シカマル。俺の今日午後持っていくものリスト、どこに行ったか知らねえ?」
「あ?」
 シカマルは眉間に皺を刻んで振り返る。ヤクザ顔負けの形相に、ヒッと悲鳴を上げてナルトが縮こまる。
「昨日お前の部屋の赤いボックスの上に置いとくっつっただろ」
「っあー……その、それが……」
「失くしたんだな?」
 しょぼんと縮こまったナルトは、こくこくと頷く。シカマルはすぐさまデスクから一枚紙を取り出した。
「ほらよ」
「サンキューっ! さっすがシカマルだってばよ!」
「褒めればいいってもんじゃねえからな?」
 パッと明るくなったナルトの笑顔に、シカマルが真顔で釘を刺す。たちまちナルトはまた、目に見えて萎む。
「忙しいのは分かるけどな。もうちょっと、自分の持ち物に感心持てよ」
「うー。でも最近、仕事に行って帰ってくるだけで精一杯だってば。忙しすぎるってばよ」
「お前のために取ってきてる仕事なんだから文句言わずにやれ」
「つっても少しくれぇ休みが欲しいってばよ」
「次の火影候補だと目されてはいるが、今が大事な時なんだ。自覚しろ」
 「火影」の一語を聞いた途端、ナルトの表情がすっと引き締まった。先程までの無邪気な彼とは別人のような凛々しさに、カカシも彼の火影に認められるに十分な資質を見出す。
 「火影」は芸能界トップスターに贈られる称号の一つで、映画やドラマ、舞台で活躍した業績から現代演劇に優れていると見なされた者が対象となる。火影の受賞発表は三年に一度しか行われず、かつ毎度必ずノミネート者が出るとは限らない。ゼロであることの方が多いのだ。
 しかしそれでも火影を決める時期になるとマスコミがこぞってそのことを騒ぎ立てるのは、火影となった者にはこの上ない栄誉が約束されているからである。火影はこの国で一番優れて美しい人間であるとして、様々な業界から引っ張りだこになる。様々な業界は国内に限らない。海外での仕事の機会に恵まれることにもなるのだ。
 ナルトは研修生の頃から火影になると豪語していた。幼い頃は目立ちたがるくせに落ち着きがなくて真実味のない演技だと酷評されたこともあったが、今ではそのくるくると変わる表情や雰囲気に呑まれる、と賞賛されるまでに至っている。心根の真直ぐでひたむきな彼の演技には、アイドル出身とは思えぬ上に純粋な俳優さえ凌駕する力があると、近年評判は鰻登りだった。
「キツイかもしれねえが、映画の撮影もあと一ヶ月でクランクアップだ。ここまで見てきた限り、間違いなくヒットできるだろう。今出てる舞台の評判も上々、お前の演技を見た別の監督からのオファーも複数来てる。ここでいい映画の主演を一本取れるだけの、信頼されるに相応しい演技力を見せ続けることができれば、お前は間違いなく数年以内には火影になれるだろう」
 なりたいんだろ、火影。
 シカマルは低く問う。ナルトは首肯し、呟く。
「なりたい。火影になって、俺の演技をみんなに認めさせたい。そして、父ちゃんと母ちゃんを……」
 黙り込むナルト。彼の両親である四代目火影こと波風ミナトと国民的アイドルうずまきクシナは、電撃結婚の後、彼一人を残して失踪した。二人とも子供を放っていく人柄ではないというのに、十年以上の歳月が経っても見つからない。ナルトが火影を目指すのは両親を寂しがっているからでもあると、カカシやシカマルといった親しい人間は知っていた。
 シカマルは無言で頷き返し、幾分か声の調子を和らげて諭す。
「お前が火影になってそれなりの地位として認められれば、ヒナタとの婚約も楽になる。分かってるな?」
「ヒナタ……」
 ナルトの表情がほっこりとする。彼の表情から思い詰めた気色が抜け、カカシもほっとする。
「よぉしっ! 俺、頑張るってばよ!」
「よーしその意気だ。じゃあ十二時までにしっかり自分で荷物用意しとけよ。ちゃんとできてたら一楽を奢ってやる」
 弾むナルトの声とは反対にシカマルのそれは一転平淡この上ないものとなっていたが、ナルトは「一楽奢り」のフレーズに舞い上がっている。約束だってばよ、と念を押して、未来のトップスターは去って行った。
「……なあ、シカマル?」
「何スか。仕事してくださいよ」
 手厳しい一言が返ってきた。別にカカシだって仕事をしてないわけじゃない。それをシカマルだって理解しているだろうに言ってしまうのは、それだけ全体の仕事量が多いということだ。この事務所は基本的にホワイトでならしているのに、こんなことになって悲しい。
「君、そこまでナルトの演技に惚れ込んでんの?」
「いや」
 即答だった。
「ただ、あのバカじゃあ火影になろうとして単純に我武者羅したらとんでもねえことになるって目に見えてますからね。だから、俺がやるしかねえなって思っただけっすよ」
 カカシはしばし黙って、ペンを動かすシカマルを見つめていた。
 鋭利な眼差し、精悍な顔立ち、細くはあるものの頼りなさは感じさせない、筋張って均整の取れた体躯。そして何より。
「君、今芸能活動したら、昔よりもっとモテるだろうにね」
 はあ?
 シカマルは顔を上げて、怪訝な顔をした。それが本当に心の底から疑問を感じている風のものだったので、カカシは笑った。






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馬鹿だと笑ってくれて結構です。自分でも本当にそう思います。

シカマルの台詞がなんとなくマネっぽかった…それだけの理由で愛奴流桝汰亜現パロさせちゃうなんて…ほんとバカじゃないのか…。


あと2話だけ続くんじゃ。