【刀】末世パロ②

◆特殊急襲部隊NST

 

「アパート火災鎮火の奇跡――恵みの雨、命を救う。だってさ」

「御手杵だな」

 大和守は紙面から目を上げた。

 外に広がる夜闇のせいか、ブラインドを下げているにも関わらず血の気のない鼠のような色をした真四角の部屋。五つの愛想のない質素なデスクが詰められただけの自分等の基地には今、自分と直属の上司にあたる長曽祢虎徹しかいない。本体を付けるためのベルトのバックルの位置を調節しているらしい彼を見つめ、大和守は小首を傾げる。

「何でそう分かるの? て言うかまず、顕現してたの?」

 黒と黄からなる髪の狭間から覗いた瞳が、大和守を見返す。その穏やかな虎に似た瞳は、彼が立派な体躯だけでなく知性と人情を備えた武士だということを濃厚に物語っている。

「その現場となったアパートには人目を引く背の高い男と、黒髪の目つきの悪い男が住んでいたという証言があった。奇しくも二人とも、その事件が会って以来家に帰って来る様子がないそうだ」

「背の高い男と、目つきの悪い男……」

 思案した大和守の双眸が鋭くなる。脳裏に浮かぶは、戦好きの一振と一本。

「まさか、あの二口が」

「それはないな」

 思わず前の世での数え方をした大和守のまた口にしていない推測を、その顔つきから察したらしい。長曽祢は否定した。

「確かに奴らは、今の世でも戦が死ぬほど好きらしい。民間でボディーガードとして働いてるというのに、その名が裏にまで回って来ている」

 裏。その言葉の意味は、大和守とて知っている。だからつい目つきが物騒になっていたのだろう。長曽祢が苦笑して、違うぞと手を振った。

「やってることは至って現世の常識の範疇だ。ただ、あまりに腕が立つから注目されているようだな」

 笑みはそのままに、長曽祢はやれやれと言いたげに肩をすくめる。

「兜割の『同田貫』は、特に恐れられている。拳でどこぞのならず者の額を勝ち割った、コンクリートさえ両断する剛刀の持ち主である、修羅のように暴れる男だ、等と言われている」

「兜割? また昔通りの名前で呼ばれちゃって」

「それに比べると、雨降らしの『御手杵』は多少大人しくしているのだろう。一度その鞘を払えば命が雪の如く儚くなる、天を突かんが如き大身槍が降らすは血の雨か、はたまた刃の氷雨かと噂だが、何を考えているのか鞘はあまり払わんらしい」

「あー。あの槍、昔から何考えてるのか分かりづらいところあったからね」

「だが、悪漢であるという話が聞こえてきたことはない」

 大和守がゆっくりと瞬きをする。此方を見つめて離さないその目が、本当かと尋ねている。長曽祢は笑みを消して首肯した。

「あいつらは戦狂いではあるが血狂いではない。それが自らの住処に火を放ち二十四人を殺したとして、何の利益がある?そんなことをしたところでムショに放り込まれるのがオチだということも理解しているのに 」

「じゃあ、この容疑者がやったの?」

 大和守は視線を紙面に戻す。容疑者が一名現行犯逮捕されており、既に自分がやったと自供していると、行儀よく並んだ文字が語っていた。

 しかしまだバックルを弄っている長曽祢は太い首を横に振る。

「放火したのはそいつかもしれんな。だがバラバラ殺人は同田貫と御手杵の仕業だろう」

「何で?」

「燃え跡から見つかった死体は、全て炭になっていた。斬られた五体の断面は勿論、歯まで燃えカスになってるために、死因はおろか仏の身元だって判別出来ない」

 説明しながら長曽祢は、数枚の写真を大和守に差し出す。大和守はそれを受け取り、一目見ておおと感心しているとも引いているとも取れない声を漏らした。

 写真は上からよく熱した巨大な火掻き棒でも押し付けられたかのようなアパートの風景と、そこに散らばる炭を拡大したものだった。炭は言うまでもなく、人の手や足の形をしている。

「自供してきた容疑者はヤクザの下請けのチンピラ一味の、更に下っ端だ。すっかり我を無くしていてまともな供述が出来ないから、捜査一課は恐らく死体は住人のものとチンピラ一味のものだろうと見当をつけて、動機を一味への怨恨、事件の経緯を部屋へ押し入った際に内輪揉めが起きて容疑者が凶行におよび、証拠隠滅のために火を放ったのだとして捜査を進めているようだが」

 長曽祢は全て確認し終えた大和守から写真を受け取り、手で揃えながら頷く。

「まず違うな。容疑者はまだ不良高校生に毛が生えた程度の補導歴しか持たない、十九の若造だ。対して焼死体はちょうどいい大きさに切られていたお陰で、不自然でないくらいにちょうどいい、身元が判定出来ない程度の焼き加減に仕上がっていた。初犯の、ましてや正気を失った人間に出来る芸当じゃない」

大方連中が仕事の中で恨みを買って襲撃され、返り討ちにしたってところか。

長曽祢は冷静にそう推測を語り、写真を仕舞ってまたバックルを調節し始めた。大和守は無邪気に尋ねる。

「それ、刑事課に言わなくていいの?」

「言って何になる? そうする意味も証拠もない。刑事課から殉職者が多数出るのがいいところだ」

 だよねえと大和守は反対することもなく頷き、それからはにかむように微笑んだ。

「二人とも相変わらずなんだろうなあ。また手合せしたいよ」

「俺達の公務中に再会することがなければ、手合せできるだろう。尤も、奴等が俺達の仕事の相手になるとは思わないが」

 長曽祢はやっとベルトの調節を終えて腰に巻いた。そこに本体が据えられるのを確認した大和守は立ち上がり、椅子にかかっていた浅葱色のジャケットを羽織る。防弾加工がなされているために少し硬く身動きが取りづらいのが難点だが、大和守はこのジャケットも含め今の制服が気に入っている。

「人の世は不便だなあ。権限と状況が許さなければ、外で刀を振るうことも真剣で打ち合うことも出来ないんだから」

「今は人がいないからいいが、外では絶対言うなよ大和守」

 長曽祢の忠告に、大和守は黙って少女めいた笑みを返す。

(こいつ、昔に比べて更に扱いづらくなったかもしれん)

長曾根は凝乎と、この戦友の姿を見つめる。

かつてと変わらず一つに結った髪は線が細く軽く、てんでに跳ねている。つるりとした顔は少年らしさの方が強いが見様によっては女のようで、だが身に纏う浅葱の制服は間違うことなく男のもの。それも警視庁機動隊の中で最も勇猛果敢な――無鉄砲ともしばしば称される――者が着用するもの。その腰に帯びるは自身の本体。銃は携帯していない。

黙って日常に佇む姿はにこやかな大人しい青年そのものだ。だが戦場に赴けば、たちまち纏う浅葱に血を吸わせたがる獣と化す。昔からそこは変わらない。

だが近頃の彼は、かつて以上に後者の影が濃くなってきたような。

「ねえ。もしも僕達の『敵』として昔の仲間が出てきたらどうする?」

 審神者の下に集うていた頃の彼なら、今の台詞を決して微笑みながら言いはしなかっただろう。

 ――お前の所のそいつや俺の所のアレみてえな、主の存在に依存してた刀剣連中は、こうなっちまうと危なっかしくてたまんねえなあ。

 先日聞いた台詞が鼓膜に蘇る。酒気を帯びた声は呆れたように笑っていたが、その底に情に溢れた懸念が隠されているのをその時の長曽祢は感じ取った。彼とは所属が違えば種も違うが、その言いたいところは理解出来た。

大和守のことは無論仲間として信頼している。だからこそ心配になるのだ。

「決まっているだろう。義のもとに動くのみだ」

長曽祢が即答すれば、大和守は満足そうに大きく頷いた。そして更に問う。

「もし。さっきの二人と戦うことになったら、長曽祢さんは先にどっちに手をつける?」

 何度も、他の男士達を話題にしていた時も繰り返して来た問い。幸いこの問答が役立った例は、今現在に至るまでない。

「さてな」

 いつものように返す。返しながら大和守の、決まってこの問いを投げる時不安定に揺れる双眸を見て考える。

 こいつは一体何を求めているのだろう。かつての仲間との縁? それを失う恐れからこんなことを問いかけているか。はたまた。

「だが覚えておけ、大和守。一度黄泉平坂を下っていった奴と言うのは、厄介なもんだ」

「長曽祢けーぶ。大和守じゅんさぶちょー」

 部屋の戸が開いた。完全武装した加州清光が、部屋の外に佇んでいた。

「いつまで支度してんの。あんまり遅いから、和泉守が出陣前にここを御用改めしそうなんだけど」

「それはぞっとしないな」

「和泉守はせっかちだよね」

 先に身支度を整えきっていた大和守が戸を潜る。僅かに身を引いて彼を通した加州が、ちらりと長曽祢を見やる。切れ長の瞳が大丈夫かと問いかけてきていた。誰の事かは、言葉にするまでもない。無言で頷く。

 幾代経てども、この隊を率いる心得は忘れない。責務は果たす。仲間を思う気持ちは、行動で示す。

「さあ、推して参ろうか」

 長曽祢の大きな背が戸を潜り、閉ざす。その戸に下がったプレートには「NST」とある。

 警視庁特殊急襲部隊New Select Team、通称「新撰組」――遥か昔京の警備にあたった浪士集団と同じ名を冠し同じ色を纏うその班は、下手人の制圧を目的とする特殊急襲部隊の中でも特にその目的を徹底して果たすため新たに選び抜かれた、少人数精鋭の暗殺班だった。

 

 

 

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細かいことはどうだっていいんだよ。

妄想力で補ってくれよイイ夢見させろよ。