【刀】末世パロ①

 

 

 

 時は西暦2X95年。

 発展した文明に溺れ心と思考を忘れてしまった人類は、遂に自らの生み出した文明に足元を掬われ滅びへの一途を辿っていた。

 各地で度重なる戦乱。街はあれど社会は失せ、うららかな平穏の日々は去り、心を忘れた人々は欲と恐怖に乱れ、醜い争いを繰り返した。

 尽きせぬ業の輪廻がひた巡る。秩序を無くした世界は文字通りの「戦国時代」へと変貌し、今また生まれし混沌へ還ろうとしていた。

 

 そんな末法の世、日ノ本の国に、奇妙な男たちがぽつりぽつりと現れる。一見すれば只人にしか見えぬ彼らはしかし、その手にしかと時代遅れの鋼の刃を引っさげていた。

 

 彼らこそ「刀剣男士」――その昔時の歪みから人々の平穏を守っていた彼らは今、かつて彼らに体を与えた人々に最後の再生の機会を与えるべく、己の鋼からなる心をその手に握り締め舞い降りた、主無き付喪神だった。

 

 

……

 

……細かいことはいいから、ただ単に

「花●甘い! チョーオイシイネ!!!」

「ギネに心臓刺されたね!!!!」

「でも甘いもの食べると無性にしょっぱいものが食べたくなるっ!」

「しょっぱいもの! 食わずにはいられないっ!」

「刀の裏街道系パロが見たい!」

「折角だから俺は、普通に刀の名前で呼び合ってほしいぜ!」

「だってコードネームみたいで格好いいじゃん(?)」

「じゃあ普通に人間に転生じゃなくて男士が現代社会を生きてる感じでいいのでは?」

「だめなんだ……100%刀じゃあだめなんだ……サニワがいるとそれは現パロではなく原作になってしまう……」

「じゃあサニワなしにしよう」

「ついでに抜刀しまくってもいいように世紀末にしよう」

って感じでどんどん見たいものを詰め込んでいったら

 

 

「世紀末転生パロ」になったんだ…(?)

 

 

もはや世紀末転生パロっていう言い方が合ってるのかどうかすら分からないんだけど、とりあえず裏街道してる刀剣男士がもっと見たい!!世間には素敵極まりない裏街道男士作品が溢れてるけどもっと見たい!!!って気持ちで軽率に世界観と設定考えたから、誰かこれ使って作品書いてほしい。

まとまったらお題としてしぶに投げようかと思う。

 

 

 

とりあえず軽く話も浮かんだから、軽く投げときます。

無用組+とんぼさんで↓↓↓

一応血は出るから気を付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆江戸の喧嘩屋

 

 自分が『御手杵』であったことを自覚する以前のことは、どうにも曖昧で思い出せない。

 人並みに人間の両親から生まれ、人並みに人間の中で育ってきたのだと思う。だが自分を囲んでいたはずの人間の顔はどれも掠れた薄墨で描かれたようなぼやけた輪郭をしていて、頭上にそびえる高層建築もまた消えかけの篝火から立ち上る煙のようにひょろひょろと力ないものにしか見えなかった(そう言うとよく自身の記憶の衰えのせいだろうと相棒に笑われるのだが、御手杵はそうではないと思っている。何故ならば自分は、『御手杵』となる以前ただの一度でさえ人の顔の識別が出来たことがなかったのだ。本当に彼の周りを取り巻いていたのは、全てへのへのもへじ顔の棒人間だったのである)。

 しかしある日。そんなふやけた水墨画の世界に異形の化け物が現れた途端、それまでの曖昧な日々は終わりを告げた。

 その網目笠で顔を隠した人型の化け物は、禍々しい黒き瘴気を纏って佇んでいた。古ぼけた和紙に気まぐれで描かれたのに似た、吹けば消えるだろう景色の中で、濃い墨汁を迸らせるかのような圧倒的な存在感は異様だった。

 だが世界を蝕まんばかりの瘴気をその目に映して自分が思ったのは、「懐かしい」というそれだけだった。何となく見覚えのある男だ。いや、間違いなく自分は奴を知っている。そうだ、あの男が全身から漂わせる瘴気は、首を落とすとより濃くなるのだ――その頚から堰切って溢れ出す鮮血と入り混じって、一気に濃厚にドロリと。

 はっと物思いから覚めた時には、己のすぐ真下に男が斃れていた。己の掌中には何時顕現したのか一本の槍が握られていて、その馬鹿長い穂先が男の頭と胴体へ永遠の別離をもたらしていた。

 自分の思い浮かべていた通りに溢れ出した血溜まりが、己の長い穂先を濡らしている。刃の縁を、つと血の粒が伝う。落ちた粒が赤い水面に波紋を投げかけ、銀はその妖しい煌めきを映して不規則に煌めいた。まるで脈打つような輝き。滴る男の血を槍が吸っているようだ。

 そう考えた刹那、男の姿がどぷりと溶けた。溶けた黒い血は同心円状に広がりみるみるうちに地に染みこんで――糸くずのようだった舗装のヒビが濃くなり、居並ぶ高層ビルが煙ではなく煤けた卒塔婆のような立ち姿を現わし、曇天が頭上に重くのしかかってきて――一瞬のうちに、ひなびた日本画のようだった世界を荒廃した世紀末のビル街に変えてしまった。

朧げだった世界に血が通った。景色の輪郭に流れ込んだ男の血は自分の世界を明らかにして、そして己が刀剣男士『御手杵』であったことを思い出させた。この時に御手杵は、人の身を持ちながら人としての生を躊躇いもなく捨てた。

「それは、黄泉竈食いと似たような経験なのだろうな」

 自身の体験を語って聞かせていた相手は、神妙な面持ちで頷いた。

 安い賃貸のアパートの一室には、長年使い込まれた部屋特有のうらぶれているようでくつろげる空気が流れている。遠く過ぎ去りし昭和の家屋を模倣したものだというこの狭い八畳間で、御手杵は卓袱台とその向こうの懐かしい面を前に小山のようなオムライスを掻っ込んでいる。

「懐かしいなあ、その言葉」

 御手杵はもごもごと呟いて、口いっぱいに広がる味覚をもたらす調味料に似た色をした髪を持つ目の前の隣人へ、ちらりと目を移した。優男と言うには厳しい四角い顔に太い眉の彼は間違いなく見る者を怯ませる迫力の大男なのだが、その澄んだ眼差しと穏やかな物腰が人柄の良さを如実に語っているために、他人を怯ませることは少ない。更に今はどこでどんな経緯で入手したのか不明なサーモンピンクのエプロンを身に着けているために、余計厳めしさからは遠ざかっている。

 その厳つい顔が、眉を下げて口の両端を僅かに持ち上げる。

「そうか……既に神話が滅び去って久しいのなら、この言葉さえこの時代の人々には通じないのか」

「俺には通じるから問題ねえよ」

 この時代の人間たちは全くの架空の物語にして価値のない与太話として、神話を忘れ去ってしまったらしい。悲しげな彼に慰めにもならない返事をして、話の続きを促す。

「それで蜻蛉切。俺の初めての戦が黄泉竈食いに似てるってことは、俺はあの時間遡行者を倒すまでこの世界に馴染めてなかったってことなのか?」

「おそらくそうなのだろう」

 蜻蛉切は首肯する。

 黄泉竈食いは死人が黄泉の食物を口にして完全なる黄泉の住人となることだ。しかしその理屈で御手杵の体験を考えると、おかしな矛盾が生じる。

「俺、あの前もこの世の食物は結構食ってたぜ? それなのにこの身が世に馴染めていなかったって、どういうことなんだ?」

 この世界に馴染むだけならばそれだけで十分だったはずだ。歴史修正主義者の血は要らない。

「刀剣男士をこの世に下ろすなら、これまでみたく審神者に任せばいいだろう。それを完全に人の胎に宿して生み落とし、それからこんな回りくどい手段で刀剣男士として目覚めさせる必要なんてあるのか?」

「御手杵」

 蜻蛉切は神妙な面持ちで言う。

「我らはただの人として、またはただの刀剣男士としてこの世に下ろされたわけではないのではないか?」

「どういうことだ?」

「お前の言った通り、我らを世に下ろすならば審神者の手を借りて従来通り鍛刀すれば良い。この時代にはまだ一応審神者は存在しているから出来るはずだ。だが我らは人の腹から生まれた――もうそのことは、産んだ者すら覚えていないようだがな」

 御手杵は頷いた。あの初めて歴史修正主義者を斬った後、朧げな記憶を頼りに住処としていた場所へ帰ってみたが、そこに御手杵の(正確には御手杵の前身だった異なる名前を持つ何かの)存在していた痕跡は、全く見受けられなかった。

 眼前の槍もそれは同じだったらしい。その時彼はひどく悲しんだようだが、御手杵は特に悲嘆にくれることもなく、槍としての生を求めて都心を彷徨う生活を選んだ。その過程で奇遇にも相棒に出会い、稼業をスタートさせるためこの狭いアパートの一室を借りた。その近所にこれまた偶然住んでいたのが蜻蛉切だ。

 回想から帰って来た此方を、黄金の瞳がひたと見据えてくる。

「そして御手杵。あまり人間と接する機会のないお前はまだ知らんのかもしれんが……我らがかつて共に戦った時代の頃から変わらず、未だ人は自らの意思で腹に宿る子の魂を選ぶことが出来ん」

 重々しく告げられた言葉に、御手杵は押し黙った。

 裸電球の白々とした光が、隅に散らばった衣装や漫画本に侘しい影を落とすだけだった部屋。そこへ磨り硝子の向こうから夕暮れの朱が差し込んでいた。それと共に、遠くから人々のざわめきも染み込んできている。眠っていたベッドタウンが目覚めようとしているらしい。まだ寝ぼけ声のようなざわめきに少し耳を澄ませてから、御手杵は再び口を開く。

「なるほど。今回俺達を下ろしたのは、人じゃないのか」

「だからつまり自分達は、人から独立した刀剣男士として生きる天命を与えられたのではないだろうか」

「天命ねえ」

 御手杵は口をもごもごと動かしながら天井を仰いだ。小さな裸電球でも直視し続ければ目に痛い。

「俺達の他に、この世に似たような形で下ろされている奴らは?」

「自分の身の回りには、お前達以外いないようだ」

 自営業の御手杵と違って、蜻蛉切にはきちんとした勤め先がある。なんと軍属なのだ。軍には遊び人が多いがその中で職務に邁進する彼を、流石は武士としての誇りを重んじる常勝の槍だと御手杵は感心しながら、だが自分なら絶対勤まりそうにないなあと密かに思っている。

「だが警察にはそれなりにいるという噂だ」

「会ったことがないのか?」

「自分はあまり職務で警察に出向かないからな。それに、いたとしても会えないだろう」

「何でだ?」

 不思議そうな御手杵に、蜻蛉切は簡潔に分かりやすく答えた。

「表に出ないような任についているようだから」

「うええ、そういうことかあ」

 御手杵は首を竦めた。警察にいそうな面子を頭に思い浮かべて、ぶるりと身を震わせる。本当にいるかどうかも分からないが、そういった面子が警察に詰まっているなら絶対にあの組織とはいざこざを起こしたくない。

「会ってみたいけど、なるべくプライベートで会いてえなあ」

「お前達は裏稼業をしているわけではないのだから、堂々と会えるだろう」

「でもぉ」

 御手杵がやっとオムライスを食べ終わり、スプーンを卓上に置いた時だった。

「御手杵ぇッ! オモテ出ろ!!」

 戸が喧しい音を立てて壁に激突した。思わず腰を浮かせた二本は、戸口から飛び込んできた黒づくめの男を見てまた腰を下ろした。

「なぁんだ同田貫か。おかえり」

「帰る時は連絡をくれと言っただろう。まだ夕飯が出来ていないぞ」

「呑気なこと言ってる場合じゃねえんだよッ」

 同田貫はがなり立てながら足音高く二本に近づき、それぞれの腕を引っ張る。蜻蛉切が怪訝な顔をする。

「どうなされた同田貫殿」

「この間帰してやったチンピラ共が仇を返しに来やがった」

「何だよ、それくらいお前だけで撒けるだろ」

 御手杵は動じず立ち上がって小首を傾げる。

 チンピラ共というのは先日仕事でもてなしてやった連中のことだろう。二十人くらいのならず者風の若者達で、あまりに固まって動くものだから扱いやすくて面白かった記憶がある。

 だが同田貫は依然として焦れた様子で、

「連中、ひとじ――」

 言いかけて大きな瞳を見開いた。

 ただならぬ気配に振り返る御手杵。その視界に、窓を割って飛び込んでくる三つの塊が映る。

「火炎瓶!」

 割れた瓶が畳に引火した。その炎が畳、卓袱台、古雑誌の山を飲むのを見届ける前に三人は戸口から外へ飛び出した。アパートの錆びたベランダを走りながら蜻蛉切が叫ぶ。

「火事だ、皆の者逃げろ! 火事だーッ!」

 たちまち辺りは悲鳴に包まれた。三つ隣の部屋に住む老婆が玄関から飛び出して逃げる。隣家の主婦が、反対隣のマンションの子供が、口々に喚きながら何処かへと駆けていく。

 外階段を下り切った同田貫が足を止める。突如止まったその背にぶつかりそうになった御手杵は罵ろうとして、蜻蛉切は疑問を投げかけようとしてその口を止めた。

 ガラの悪い男達が狭いアパートの門扉を塞ぐようにしてたむろしていた。身体のあちこちにピアスを食いこませ、黄ばんだ歯を剥き出して下卑た笑みを浮かべている。

 同田貫が奴らを睨み付け、唸り声を上げる。御手杵はようやっと、この喧嘩っ早い相棒が自分を呼びに来た理由を察した。

 たむろす者等の最前列中心に立つ、スキンヘッドに入れ墨を彫った男。その剥き出しになった腕には、痛めつけられて気を失った少年が首を抱えられ無理矢理立たされた状態で、ナイフを突きつけられていた。

「そ、その子をお放しっ」

 敷地から出られない老婆が全くの無関係にも関わらず果敢にも立ち向かおうとして、男達の一人に殴られた。蜻蛉切が倒れ伏した老婆を介抱しようと前に飛び出す。

「動くんじゃねえ!」

 しかしスキンヘッド男がナイフを少年の首元に押し付けたのを見てその場に止まる。少年の細い首にたちまち血の珠が浮かぶ。蜻蛉切は歯を食いしばり、怒りの声を上げる。

「なんと、卑劣な……っ」

「俺達をこの間雇った家の子供だ」

 御手杵が低く呟く。その明るい茶の虹彩は子供とそれを抱える男から離れない。

「あいつらがあの家につき纏ってしょうがなかったから、ちょっとのしてやったんだ。若いから命だけはと思ってたんだが」

 御手杵は溜め息を吐いて、頭を掻いた。

「そうかあ、駄目かあ」

「動くんじゃねえウド野郎が」

 男達の一人が脅す。御手杵は素直に、頭に手を添えた状態で止まった。

「てめえらの望み通りもう一人連れてきた。これでいいだろ。そのガキを放せ」

 同田貫が怒鳴る。その声に僅かながら苛立ちが混ざっている。そうだろう、この状況は彼からしてみれば屈辱に違いない。ぶちのめした相手に良いようにされているだけでなく、その相手をもう一度ぶちのめしてやりたいと思っているのにそう出来ないのだから。

 同田貫の苛立ちをあちらも察しているのだろう。汚らしい身なりの男達は、その身なり以上に汚らしく嗤った。

「どうするかなあ? 言った通りにしてやる義理はねえしなあー?」

「てっめえ、ら」

「この下衆が……ッ」

 同田貫が憤怒に顔を紅潮させる。蜻蛉切が地獄の底から響くような罵倒を吐く。御手杵はその茶の瞳孔に入れ墨の禿頭を映したまま、口を引き結んで微動だにしない。

 男達はゲラゲラと嗤った。刺青禿頭の隣に立つモヒカン頭の男が自分の身体を抱えて、癪に障る大袈裟な声で煽る。

「この前は痛かったんだぜぇ?」

「それこそこのクソガキより、よっぽどな!」

「棒きれで馬鹿みてえに殴りやがって」

「そう言えば、刀でぶん殴って来やがったヤツもいたなあ?」

「刀なんて振り回しやがって! コスプレ野郎かよ!」

 口々に男達は言って、最後の一言にどっと沸いた。同田貫が眦を吊り上げ怒鳴り返そうとして、横から遮るかのように出された長い腕を見て口を噤んだ。横目で手の主を仰ぐ。手の主こと御手杵は、全く彼には目もくれずに中央の男を見据えたまま、静かに問う。

「どうすればいい?」

「そうだなァ」

 禿頭の男が目を細める。その瞳に赤い光がちらつき始める。御手杵たちの背後を仰いだ老婆が「家がぁ」と叫んで気を失った。男達が不愉快な高い笑い声をあげ、禿頭が哄笑して叫んだ。

「こうして、謝ってもらおうかなァ!」

 ナイフを掴んでない方の手が少年の後頭部を鷲掴み、アスファルトに叩きつけた。男達が統領の容赦ないパフォーマンスに歓声を上げ、同田貫が歯を食いしばる。しかし蜻蛉切だけは視界の隅で何かが動いた気がして首を回し、息を飲んだ。

 御手杵達の部屋から炎を噴き出すアパート。勢いを増し燃え盛る炎を背にした細長い人影の、掲げたままだった片手に長い棒が握られている。棒を握った身体が捻られた一瞬、その先端がぎらりと輝いた。

 その後三秒間に起こったことを正確に把握できたのは、きっと蜻蛉切だけだった。彼は確かに見た。御手杵が刹那に顕現させた本体を投げ、直線状に飛んだ長い穂先が人質の頭を踏みつけて顔を上げた禿頭の首を貫いた。禿げた生首は悦に入った表情のまま、無邪気なボールのように点々と血を撒き散らしながら地面を跳ねた。一方頭部を失った身体は、後ろにぐらりと傾いで倒れ込む。しかしその身体を受け止められる者はいなかった。何故ならば背後にいた男二人は揃って飛んできた穂先に頭を抉り取られ、やはり統領同様の生臭い肉団子となっていたからだ。

「同田貫、蜻蛉切!」

「おう!」

「心得た!」

 三人は一斉に動き出す。蜻蛉切は老婆と少年を抱え下がり、同田貫と御手杵は状況を飲み込めず放心した様子の男達へと突撃する。男達は迫りくる両者の姿に、特に同田貫の手に握られた白刃に気付いてやっと恐怖の悲鳴を上げ逃げようとした。しかしそれより速く辿り着いた御手杵が首を二つ刺したままの得物を地面から抜き、アスファルトすれすれで力任せに一回転二回転させて男達の足下を薙ぐ。無様に転がった男達がもつれあって起き上がれないでいるのを、同田貫が獰猛に歯を剥き出して嗤う。

「はは、いいザマじゃねえか」

 そして手にした刃を煌めかせる。

「おらよ、お待ちかねコスプレ野郎の鈍ら刀だ。よぉく味わえ!」

 裏返った醜い悲鳴がぶつり、ぶつりと途切れていく。男達は逃げようと足掻くが、足下に広がる仲間の血がぬめって上手く立ち上がれない。それでも血溜まりから抜け出せた者が一人、また一人と死に物狂いで大地を蹴ろうとして、

「おっと、どこ行くんだ?」

 その度に御手杵の長い本体に貫かれて絶命した。

 そう大して時間の経たないうちに、即席血の池地獄の罪人達はそのほどんどが動かなくなった。最後一人は同田貫と御手杵に見下ろされると、温く赤黒くなったジーパンの中央に一際温かい染みを作って半べそをかきながら喘いだ。

「ひッ、人殺し……っ」

「そりゃあ俺達は武器だからな」

 同田貫がけろりとして言う。真っ黒な衣装の上下は返り血が分かりづらいが、かろうじてグローブとTシャツの間から覗く肌が赤く粘度のある輝き方をしていることから彼の所業が現実になされたことであると確認できる。

「だからこそてめえらみてえに、チンタラ無意味に敵をいたぶるような真似はしねえ。必要とありゃあ拷問だろうが峰打ちだろうが何だろうがやるが、基本俺達ァ人斬り包丁だからなぁ?」

 獰猛に笑って、同田貫はグローブに握られた刀を振りかざす。血と脂に塗れた刀身燃えるようにギラつき、男はヒッと頭を抱えて伏せた。

「なあ、生き延びたいか?」

 しかしここで、御手杵が唐突に訊ねた。男は血で汚れた顔を跳ね上げ、同田貫は相棒を睨む。

「おい」

「じゃあ生き延びるための復活の呪文を教えてやろう。これさえずっと唱えてれば、もう大丈夫だぞ」

 御手杵は人の良さそうな笑みを浮かべ、一言一句言覚え間違えるなよと前置いてから言った。

「『俺がやりました。火をつけたのも仲間を殺したのも俺です』、だ。言えるな?」

 男の瞠った瞳孔に御手杵の微笑みだけが映る。白目に血管が浮かび、眦がヒクヒクと痙攣している。魅せられたように動けなくなった男は唇を戦慄かせ戦慄かせ、やっとしゃがれた声を発する。

「お、おれ……が……」

「俺が?」

 御手杵が優しい声色で促す。途端男は堰切ったように喋り出した。

「俺がっ、やりましたっ、火を――」

「火を?」

「ひをっ、火をつけたのも仲間を殺したのも俺ですっ」

「そうだ。もう一回」

「俺がやりました火をつけたのも仲間を殺したのも俺です」

「そうそう。もう一回」

「俺がやりました火をつけたのも仲間を殺したのも俺です俺がやりました火をつけたのも仲間を殺したのも俺です俺がやりました火をつけたのも仲間を殺したのも俺です俺が――」

「うんうん、そういうこともあるよなあ。もう大丈夫だからな。あんたは後の人生、ずっとそれだけ喋ってさえいれば生きられるんだよ。簡単だなあ」

 御手杵は繰り返し頷いて、糸の切れたようになった男の側頭部を石突で軽く小突いた。男はばしゃりと血の池に倒れ込み、横倒しになったまま唇から泡を散らしつつ俺がやりました俺がやりました火をつけたのも仲間を殺したのも俺ですの呪文を繰り返している。

 そうなれば御手杵はもう男を一瞥すらせず、横に佇む同田貫を見下ろして困ったように笑った。

「悪ぃ、鞘抜いちまった」

「阿保か。ここで抜かねえで何時抜くんだ」

 二人は背後を振り返った。アパートの二階、自分達の住んでいた部屋は勢いよく火を噴いている。まだ隣室への移り火のみで済んでいるようだが、全焼も時間の問題だろう。

「お隣さん、空室だったよな?」

「ああ。確か今住んでんの、俺達とあの婆さんと一階下におっさんが二人だけだろ」

「おっさん達は、この時間まだ稼ぎだったよな?」

「そうだな。日雇い労働者っぽかったから、もう少ししたら帰って来るんだろうが」

 御手杵はそれを聞いて少し考える素振りを見せた。しかしすぐに何やら思いついたらしく、地面に転がっていた首を再びその穂先に刺し連ね始めた。

「おっ、御手杵?」

 離れた所で様子を見ていた蜻蛉切が困惑気味に問いかけると、御手杵はハッと大事なことを忘れていたと言いたげな視線をそちらへ移した。

「蜻蛉切! 二人は大丈夫そうか?」

「ああ。多少の治療は必要だろうが、命に別状はない」

 あーよかった、と御手杵は安堵の溜め息を吐く。二人は蜻蛉切が病院に連れていくつもりだ。だがその前に。

「御手杵、まさかその首は」

「んー。証拠隠滅兼、雨乞いしちまおうかなって」

 御手杵は言いながら火を噴く部屋の下へ近づいて行って、刺した頭をぽんと火中へ放り込む。丸い物体は次々と放り込まれて炎に飲まれ、見えなくなる。

「これだけ贄がありゃあ、降る時間も早まるだろうな」

 そう言って同田貫も、まだ血の池に沈んだ繋がったままの胴と首を離しにかかる。更に投げ入れやすいように、得物を使い手慣れた仕草で丁寧に五体を切り離していく。

 一般人が気絶していて良かった。蜻蛉切は見るに堪えない光景を見、聞くに堪えない解体音を聞きながら切に思う。

「あーあ、さらば敷金……もう返って来ることはないんだなあ」

 御手杵は切なく溜め息を漏らしながら、同田貫が運んでくる死体の部位を炎へ投げ入れる。同田貫は相棒の嘆きをしれっと流す。

「しょうがねえだろ。当面食えるだけの金と、戦するための身体さえありゃあ十分だ。そう思わねえか?」

「そうなんだがなあ。くそぉ、次の家が見つかるまで『ばかもんと』最新刊はお預けかー」

 槍は尾張の馬鹿者が天下人になるまでの戦いを描いた漫画を思い、くうっと涙を呑んだ。猛火に照らされた頬が濡れたように光っているから、本当に泣いているかのようだ。そんな相棒に、同田貫は呆れた様子でさっさと作業を済ませろと催促する。蜻蛉切は血生臭い場面なのに至って和やかな雰囲気の彼らを凝視し、その巷の評判を思い出していた。

 「お江戸の喧嘩屋『無用組』」という、攻めているのかいないのか分かりづらい屋号で商売をしている二人だが、その実を古風に言えば用心棒稼業、今様に言えば民間の小規模な警備会社もといボディーガードである。支払いは基本手渡し現金、物々交換も可という世紀末とは思えない原始的な会社だが、各方面への評判は良いようだ。それはたった二人の社員がそれなりの見た目の良い男達だからとせいも勿論あるだろうが、何より彼らの腕前による所が大きいのだと蜻蛉切は聞いている。

 当たり前だ。兜割りの実践刀『同田貫正国』と東西槍が片割れにして天下三槍が一つ『御手杵』。刀剣男士として活躍し始めた頃から武器としての在り方にこだわりを持ってきた二口だ。その戦における腕前と熱意が衰えるわけがなく、荒んだ世とは言え合戦場の経験もない人間達に負けるわけがない。

 己に未熟さこそあれど恥はないが、蜻蛉切は彼らの潔い生き様を少しだけ羨ましいと思っている。

「あと何個だぁ?」

「もーちょい」

 面倒くさそうに返事をする同田貫に、数えてくれよと御手杵が嘆く。投げられる肉片から血が滴って、男の頬に雨垂れに打たれたが如き跡をつける。

 しかしその時、彼は何故か突如額を押さえた。子犬のように茶色い目を輝かせる彼を訝しく思うのも束の間、蜻蛉切の肩に冷たい粒が弾ける。

「あ。雨来たぜ!」

 

 

 

 

 

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ぶっちゃけギネを動かしたかっただけなんだ……。

ギネかわいいよう。だが本家には届かないよう。