三槍阿呆話【腐】⑦

※腐った刀ネタがあらわれた! にほ! へし! 注意!






⑦演練
 
 へし切長谷部が日本号を避けているらしい。それを聞いた御手杵の感想は、ああやっぱりなといったところであった。御手杵は長谷部と特別仲が良いわけではない。性格だって正反対だと言っていいと自分では思っている。だが不思議と彼の行動を聞いて納得できたのだった。
(まあ、あんなことがあった後だもんな。無理ねえよ)
 長谷部がとことん己を避けていると苛立った様子で相談してくる黒田の槍に相槌を打ちながらも、御手杵はそう思っていた。長谷部は強欲で臆病なのだ。それを御手杵に教えたのは他ならぬ日本号自身であるくせに、当の本人は今現在そこを結び付けて考えられないのだからどうしようもない。恋とはかくも盲目なものかとは蜻蛉切の言で、彼もまた日本号同様この膠着状態をもどかしく思っているらしかった。
 しかし御手杵には、他二本ほどこの件でどうこうするつもりがなかった。今手を打ってどうにかなるならば、とっくにこの黒田の刀槍は仲良しだろう。長谷部とていつまでもこの状態ではいられないに違いない。待てば海路の日和ありだ。待つことでどうなるという当てがあるわけでもないが、御手杵は日本号の愚痴を聞いてやりながら、蜻蛉切ほど煮えることもなくのんびりと二口の様子を眺めていた。
 それが逆に迷える槍と刀達の突破口を開くことになろうとは、当人でさえも知らずに。
「そこの結城の槍。ちょっとそのツラ貸しなさい」
 午前の畑当番を終え風呂場から出てきたばかりの御手杵に、物騒な誘いがかかった。この声と口調なら、容姿を見ずともその正体が分かる。御手杵はタオルで雑に髪を拭いながら、風呂場の暖簾向こうに立っていた打刀を見下ろした。
「宗三かあ。あんたが俺に声をかけるなんて珍しいな」
 左文字の打刀は内番姿だった。彼はその左右色違いの瞳で槍を品定めするように眺めると、つっけんどんに切り出した。
「貴方の所の飲んだくれの件で話したいことがあります」
「ええ? 痛いのは嫌だぞ?」
「貴方がちゃんと話さえしてくれれば問題ありません」
 ついて来れますねと尋ねてくる。ここでは駄目なのらしい。御手杵は暇なのでついて行くことにした。
 宗三が案内した場所は、何と彼自身の部屋だった。槍部屋とは室内の趣も漂う香りも明らかに違うそこには、既に一振の刀が待っている。
「よっ、旦那。わざわざ悪いな」
 薬研藤四郎である。どことなくしっとりとした風情の部屋においても堂々とした態度で胡坐を掻いている彼の姿を見て、御手杵は少なからず安心した。良かった、薬研がいるならば痛い目には遭わされないだろう。
「おー。薬研も俺に話したいことがあるのか?」
「貴方にではありません。用があるのは飲んだくれの槍です」
「まあまあ宗三。長谷部に親身になってやるのはいいが、あんまりカリカリすると話せることも話しづらくなるぜ?」
 御手杵は二振の様子に目を丸くした。このやりとり、いや正確には二振の醸し出す雰囲気には覚えがある。思わず声を上げた。
「何だ、あんたらもあいつらのこと心配してるのか」
 宗三と薬研は揃って怪訝な顔をした。御手杵は莞爾として言う。
「あんたらも、俺と蜻蛉切みたいなもんなんだろ? そうかあ。長谷部にも、日本号にとっての俺らみたいな相談相手がいたんだな」
 薬研と宗三は呆気に取られた様子で御手杵の顔を凝視した。ややあって薬研がかぶりを振る。
「驚いた。旦那、案外鋭いんだな」
「刺すこと以外頭にないのかと思っていたのですが、驚きですね」
「褒めてねえだろ。いいけどさ」
 御手杵はその場に座り込んだ。宗三も薬研の隣に腰を下ろしかけて、はっと気づく。
「いやいやちょっと待ちなさい。まさか貴方、日本号が貴方と蜻蛉切に長谷部のことで相談を持ち掛けているとでも言うのですか?」
「おう。そうだぜ?」
「気安く認めてくれますね。何の相談の事を言っているか、貴方は分かっているのですか?」
「え、そうなあ。簡単にまとめるなら長谷部が思いの外可愛くて鞘にしちまいそうだのそうじゃねーのっていう相談だな」
「待て旦那。多分あんたは色々とはしょりすぎてるんだろうと思うから、最初から具体的に話してくれ。そんで宗三はいったん本体から手を離せ。最高練度の槍相手じゃあひと悶着して部屋の破壊だけじゃあ済まねえぞ」
 薬研の絶妙な言葉がけにより、御手杵はやっと自分に注がれる絶対零度の流し目に気付いた。ついでにその傾国の刀の繊手がさりげなく脇に置かれた本体の柄を握っているのにも目が行く。
 戦は嬉しいけど、仲間内での喧嘩は微妙だな。御手杵が刀にかけられた白い手を眺めていると、宗三は不承不承といった様子で手を離した。ひとまず喧嘩は回避出来るらしい。
 薬研が頷いて、御手杵に事の次第を説明するよう促した。請われるまま、これまでの槍部屋におけるやりとりを話して聞かせる。彼の説明は簡潔ではあるが、言葉や説明の足りないところが多い。しかしそのような箇所もこれまた薬研の絶妙な質問により補完されて、話の終わる頃には魔王刀二振も、どうにか槍部屋における対へし切長谷部心理対策相談会議の流れを掴めたようだった。
「なるほど。精々あの槍の日頃の外面的な様子しか聞けないだろうと予想していましたが、貴方なかなか役に立ちますね」
「そりゃあどうも」
「あのおじさんもそれなりに真剣でしたか。ただ六尺越えの槍三本が恋心について語り合っていた状況を想像すると鳥肌しか立ちませんけど」
「それは無理ねえけど、あんた本当に口悪いな」
 宗三は冷静に評しつつも棘のある言葉も忘れない。綺麗な花には棘があるとは言うが、尖りすぎではないだろうか。刀だから仕方ないか。
「まあ、良かったじゃねえか宗三」
 薬研が腕組みをする。依然として感情の読み取りづらい能面っぷりの宗三に対し、此方は楽しげににっと口角を吊り上げている。
「日本号の旦那はああ見えてなかなか繊細な心配りの出来るイイ男だぜ? それがしっかり長谷部への気持ちを自覚してくれたとなっちゃあ、やっと生産性のある今後になりそうだって期待して良いんじゃないかと俺っちは思うがね」
「薬研、貴方はあの二口を甘く見ています。確かに日本号は長谷部に比べれば常識も柔軟性もありますが、いかんせん矜持が強すぎるのですよ。他の刀剣なら別ですが、長谷部相手となると些細なことでつまらない意地を張り出してもおかしくありません。長谷部だってあの通りですし、そうなるとまた面倒なことに……」
「なあ、話してる最中に悪いんだけど」
 御手杵は口を挟んだ。
「長谷部も、日本号のことを慕ってるのか?」
「決まっているでしょう」
 宗三は柳眉を寄せた。
「そうでなければ、どうしてあの主大好き堅物が主命でもないのに他の男士と共寝しますか」
「おー、やっぱりそうかぁ」
 嬉しそうな御手杵を、薬研と宗三は不思議そうに見ている。構わず御手杵は問いかけた。
「いつからだ? いつから慕い出したんだ?」
「日本号の旦那と大体同じだぜ」
 薬研が答える。
「最初は自分でも気付いてなかったらしい。だが、元々旦那には心を許してたからな。それで晩酌に添い寝にとしているうちにすっかりハマっちまったと……おっと、心理的な話だぜ?」
「へー、あんたにっかりの真似上手いなあ」
「どこに感心しているのですか」
 感心していた御手杵は、しかしすぐに首を捻る。
「だが、長谷部が元々日本号に心を許してたなんて初耳だぜ? 俺や蜻蛉切は何となくだんだん察してきてたけど、日本号なんてこの間長谷部に『お前がいい』って言われてやっと嫌われてはいないんだって気付いたくらいだ」
「あー……」
 薬研と宗三は、揃って微妙な面持ちになった。
「そんな気はいましたが、やはりちゃんと伝わってなかったんですね」
「長谷部、旦那のことあんなに大好きなのにな」
「大好きなのか?」
「おう。そりゃあもう、本当は日本号の旦那と接したくてしょうがなくて、でも話すことも思い浮かばないし用件もないから、仕方なしについついいちゃもんつけにいくくらいに」
「いや、おかしくね?」
「これが、へし切式コミュニケーションです」
「何だそれ」
 きっぱりと告げる宗三の言うコミュニケーションとは薬研の言うへし切長谷部の「話しかけたいけどネタがないからいちゃもんつけた」のことなのだろう。文脈的にはそうなのだろう。
 だが、おかしくないか?
 御手杵が首を傾げていると、薬研が苦笑して説明する。
「長谷部は昔から日本号と喧嘩仲間みたいなもんだったから、日本号とのコミュニケーション=罵り言葉っていう方程式が直らなくて自分でも困ってるんだ。それでこれまた日本号の旦那は何を言っても受け止めてくれるし正直に言い返してくれるから、つい口が正直になっちまうんだと」
「正直の方向性おかしくね?」
「そうなんだよなぁ。長谷部自身もそう思ってるから旦那に寄って行くと悪いかと思いつつ、でも旦那の傍は居心地が良いからつい寄ってっちまうんだそうだ」
 長谷部の心理は複雑だ。御手杵には分からない。
「素直に普通に接すりゃあいいのに」
「それが出来ねえんだよ。素直になろうとすると気持ちが緩みすぎちまって、自分でも耐えられねえらしい」
「何だそれ」
「甘えたくなるんだと」
 思わぬ薬研の言葉に、御手杵は目を剥いた。宗三が婀娜な仕草で肩を竦める。
「アレは究極に面倒臭い甘えたがりなんですよ。過去のこともあって、自分だけが一方的に甘えることは出来ないんです」
「何でだ?」
「自分だけが依存していて相手に求められていないような気がして、不安になるからでしょう」
「うええ」
 面倒臭い上に重い。加州より面倒臭い。
「それで、『俺がいないと駄目なんだからぁ』ってわけかー?」
「そう。だから、世話焼きたがりの甘えたがりだと言うんです。相手を甘やかすのも自分が甘える一環に組み込まれている。本人もそれを自覚してやってるから性質が悪いですよ」
「自覚してんの?」
「ええ。自分でも認めてます」
 御手杵ははあ、と肩を落とした。駄目だややこしい。一見すれば名が体を表すような性格に思えるのに、どうしてそこまで拗れているのか。
 此方が呆れている気色を察したのだろう。薬研が笑って話を元に戻した。
「日本号には世話焼かせ要素が詰まってるからな。見てると甘えたくなっちまって、事実小言言いすぎて甘えちまって、それを後から自覚してまずいと思って線を引こうとするんだが上手く出来ない」
「無意識のうちにあの飲兵衛を目で追ってしまう、その存在を意識しすぎてしまう自分に気付く、動揺する、でも声を掛けたいから声を掛ける、上手く話せなくて更に日本号に不審がられる、というまあ見事な悪循環ですよ」
 宗三は呆れに呆れかえって冷静なものである。
「全く下手くそ過ぎます。貴方だって、見ていれば分かるでしょう?」
「何が?」
「日本号に対して長谷部は口が過ぎると思うことはありませんか?」
「そうだな。あと、いっつも睨んでるよな」
「あれはね、日本号を前にしてデレデレしてしまいそうな長谷部が気を引き締めて通常通り接しようとした結果なんです」
 嘘吐け。御手杵は長谷部の、日本号を睨みつける鋭利な青を帯びた紫を思い返す。
「喧嘩売ってるようにしか見えねえんだけど」
「貴方、戦場で長谷部が気合い入れて斬りつける時の決まり文句覚えてます?」
「圧し斬る」
「そういうことです」
「はー、なるほどなあ」
 妙に納得してしまった。そうか、へし切式コミュニケーションとはそういうことか。何でも圧し斬る要領でいったわけだ。それなら喧嘩を売っているようにしか見えなくなるわけである。
「じゃああれか。酒飲んでやけに友好的だったのは、その圧し斬る気持ちが酒のおかげで抜けたからだったのか」
「それも勿論ありますが、その前に僕がそうするように仕向けました」
 さらりと凄いことを言う。御手杵が目を瞬かせた前で、宗三はしれっとして暴露する。
「あの晩酌の初回、怪我の詫びとして付き合うことになったその前に、長谷部がぐずぐず愚痴を言いに来たんですよ。『俺はまたあいつに嫌われてしまった』とか『俺のような奴と飲んだって楽しくないだろうに、どうしたらいいんだ』とかね。うざったいから適当に『どうせ嫌われてるんでしょう? なら思いっきり飲んで酒のせいにして、思いっきり甘えてきなさい』って言ってやったんですよ。そしたらまさか、ねえ」
 宗三はうっすらと微笑んだ。その笑みに、御手杵は傾国の刀の本懐を見た気がした。
「長谷部は変なところで思い切りが良いですから。実行したらしいですね。翌朝は面白かったですよ」
 朝餉の後に宗三の所へ転がり込んできて、どうしよう次の約束をしてしまった俺は潰れたのにしかも色々仕出かしたのに次があるって嫌じゃないって次があるって、と真っ赤な顔で繰り返す長谷部は支離滅裂かつ喧しいことこの上なかったが、悲鳴を上げながらもどこか隠しきれない嬉しさを滲ませていて、まるで惚気られているようだったと宗三は振り返る。
「そこからはもう、底なし沼に足を取られたようにずぶずぶと沈んでいきましたね」
「二度目の後は、俺達の所に押し入るなり『日本号は温かかった』っていう謎の第一声を発したもんな」
「ついに狂ったかと思いましたよ。あの時の長谷部は目一杯の狼狽と罪悪感とほんの少しの歓びで酷いことになってましたから」
「あんたら、結構楽しんでねえ?」
 二振の話し振りを聞いていた御手杵が直入に尋ねる。薬研は深い紫の双眸を猫のように細め、あっけらかんと言った。
「まあ正直楽しいよな」
「貴方がただって同じだったでしょう?」
 宗三に問い返され、御手杵は己を顧みる。そもそも日本号が長谷部を憎からず思っていると知れた時、日本号が長谷部の一挙一動に面白いくらいに悩んでいるのを初めて目にした時、日本号から話を引き出すために蜻蛉切と目配せし合った時、朝帰りした日本号の着流しからふわりと長谷部の香りが漂ってきた時。己はどう思ったか。
「あー、否めねえな」
 御手杵は正直だった。
「今話してくれたこと、全部本当なんだよな?」
「僕達が嘘を吐いてどうするのです」
 何を今更、と宗三は鼻を鳴らす。
「長谷部は日本号と飲んで眠れて楽しそうでした。嘘寝をする度に罪悪感を感じるとは言ってましたが」
「やっぱり狸寝入りしてたのかよ」
「ただ、最近はめっきりしょげてますね」
 卓袱台に頬杖をついた宗三は、物憂げとも怠そうとも取れる面持ちで吐息を漏らす。
「先日の前戯未遂事件で自分の日本号への思いをきちんと自覚した長谷部は、この気持ちが日本号にバレたら気持ち悪るがられるに違いない、距離を取るしかないと思ったようです」
「おいおい、そりゃあ逆効果だぜ」
 御手杵は驚いた。
「日本号は苛々してるぞ。あいつも自分の気持ちに整理が付いて面と向かって話し合いたいのに出来てねえから、このままじゃあ振り出しに戻るどころか悪化しかねねえって」
「見事なまでにすれ違っていますね。何処まで面倒なんでしょうか、あの二口は」
 どうします薬研、と宗三が傍の短刀に投げかける。薬研は理知的な眼差しを卓上に落とし、ややあって御手杵を振り仰いだ。
「日本号は?」
「夜更けまで遠征だ」
「長谷部は?」
「明日の朝まで出陣です」
「蜻蛉切は?」
「演練。ぼちぼち帰ってくるはずだ」
「よぉし、そりゃあいい。絶好のチャンスだ」
 薬研は胡座を掻いた両膝を打った。
「旦那、昼餉を済ませたら蜻蛉切を連れてまたここに来てくれ。作戦立てようぜ」
「何するつもりなんだ」
 合戦場育ち、きっと幾千もの修羅場を潜り抜けてきたのだろう短刀はそれに相応しい笑みを浮かべた。
「楽しませてもらってる礼だ。長谷部と日本号の正念場を、俺達で予測推定の上お膳立てしてやろうじゃないか」




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あと一応二話なのかな?