三槍阿呆話【腐】⑥

※例の如く腐ってる!にほへし!


戦闘n回目
 
 夜半ば。遠征帰りの蜻蛉切が報告湯浴み食事を済ませて部屋へ戻ると、そこには漫画本を眺めながら桜酒をちびりちびりとあおっている御手杵しかいなかった。彼は蜻蛉切の姿を認め、いつもの如く、おーと呑気な声を上げた。
「鬼の居ぬ間に良い酒開けたぜ。一杯どうだ?」
「鬼か。あれは鬼というより虎だろう」
 蜻蛉切は腰を下ろして、いただこうかと自分の猪口を差し出す。御手杵は鼻歌交じりにそこへとっておきを注ぐ。機嫌が良さそうだ。
「日本号殿は今日もお渡り遊ばしているのか?」
「おう。自前の酒持ってお通いだぜ」
「そのまま大殿籠るのか」
「どうせそうだろ。最近多いよな」
「うむ。仲睦まじきは美しきかな、だ」
 虎こと日本号は近頃長谷部のところへ晩酌に出向くことが多くなった。そして彼が長谷部のところへ飲みに行く時は、朝まで帰って来ないのが常となりつつあった。
「きっと今夜も共寝だろうな……おっと、一緒に布団に入るだけって意味だぜ?」
「御手杵。いい加減日本号が長谷部殿の部屋に行くたびに、下手な青江殿の真似をするのはよせ」
「しょーがねえだろ。うまく言いたいけど言えねえんだから」
 蜻蛉切が呆れるので、御手杵は頬を膨らませて言い返す。しかし彼はすぐにその頬から空気を抜き、無邪気に言った。
「しかし、あいつらもよく一緒に寝るよなあ」
「そうだな」
「毎度離れようとしない長谷部もそうだが、その度に付き合ってやる日本号も日本号だ。いくら昔は長いこと一緒に寝てたとは言え、鋼の身の頃の習性っていうのはそんなに強いもんなのか?」
「それは、どうだろうな」
 蜻蛉切は含みのある相槌を打った。そして、それに気づかぬほど御手杵は鈍くはない。ちらりと横目で隣人を見やる。蜻蛉切は、意味ありげに笑っている。
「あー……やっぱり、主命果たされちゃう?」
「果たされるのだろう」
「日本号はまあ置いといて、長谷部なんて相変わらず日本号に邪険だぞ? 今日だって酒の飲みすぎだ酒樽にでもなるつもりかって、本人目の前にしてくどくど文句垂れてぜ?」
「それはな。長谷部殿は、そういう性格の刀剣だからだ」
「はあ」
 御手杵が首を捻った時、スパンと音を立てて障子が開いた。御手杵と蜻蛉切は反射的に振り返って大いに驚く。
 そこには件の槍が、肩を大きく上下させながら立ち尽くしていた。
「とんでもねえことになった」
 息切れしているのに、日本号の顔面は蒼白だった。
 その色褪せた唇を舐めて湿らせてから、槍は呆然と呟いた。
「俺、長谷部なら抱けるかもしれねえ」
 
 
 
 時はそれより、半刻ほど遡る。
 日本号はいつものように、長谷部自室の障子を開け放って秋の庭を眺めながら、彼と酒盛りを楽しんでいた。うわばみと飲むペースを教えるという名目で開いているが、日本号はそれにかなうめぼしい行動など何もしていない。それを教えるにはあれこれ理屈を捏ねるより、何度も飲んで己の飲む調子を掴むのが一番だと思っているからだ。
 一応教わる側である長谷部も、何となくそこのところは察しているのだろう。回数を重ねるごとに、普段通りの物腰や口調でいる時間が長くなっている。飲み慣れてきた証拠だ。
「今日出陣する時に、例のごとく石切丸の加持祈祷が途中でな」
「あいつも好きだよな。あれのお陰で俺達が無事でいられるところも強いんだろうが」
「それでいつものように、加持祈祷をする石切丸をその後ろで待ってたんだが」
 最低でも七日に一度は二人きりで飲んでいるために、そこまで酒の肴になるような話題もない。だが酔いに任せて気ままに話すのは楽しく、付き合いの長い相手だから沈黙さえ苦しくなかった。
「途中で御手杵の奴が、石切丸が『畏み畏み候』と言うのに合わせて『カチコミカチコミ候』と呟いたせいで、俺は今日一日石切丸が敵陣に突撃するのを見る度に御手杵のその台詞を思い出す羽目になった。ついでに石切丸が神職系ヤクザに見えて仕方なくなった」
「御手杵はいつものように馬鹿だが、お前も馬鹿だな。神職系ヤクザって何だよ」
「馬鹿正直な正三位殿だな。語感で察しろ」
 互いで互いに対して、息をするように悪態も吐く。それでも自分達の間の空気は不思議と平素に比べて柔らかい、と日本号は思っていた。それはきっと、どちらの悪態にもいつものような気勢がないからだろう。
 その気勢はどこから来ているのだろうか。ふと日本号は疑問に思う。
 元々の気性か。または相性か。きっと初めはそうだったのだろう。だがこの本丸に来て、急に言い合いの激しさが増したのはどうしてなのか。
(別にこいつを疎んじてるわけじゃねえ)
 ただ売り言葉に買い言葉なのだ。長谷部の煽り文句に、自分はどうも乗ってしまう。そもそも長谷部は、どうして自分を煽るようなことばかり言うのか。顔を合わせれば罵るばかりなのに、何故自ら日本号に接してくるのか。
「長谷部」
 隣に並んだ煤色の頭が、こっくりこっくりと舟を漕ぎ始めた。日本号は片腕をその肩に回して引き寄せ、不安定な頭を自分の肩にもたれさせる。
 長谷部は酒には慣れてきたようだが、依然として眠くなるまで飲む癖が抜けない。そして、眠ると日本号を離さないところも変わらない。だから最初のうちは長谷部の布団からの脱出を試みていた日本号も、最近は長谷部が眠くなってきた様子を見たら自分から彼を布団に運び、大人しく一緒に寝るようになった。
 決して疚しい気持ちなどはない。ちょっとだけ、眠る前に長谷部の顔であったり髪であったり首筋であったりを撫でたりはするが、そこに不健全な気持ちなんて全くない。
 だが。
(もう、聞いても良いか)
 日本号とて、ただ流されるままに共寝しているわけではない。
「長谷部」
 もう一度名を呼ぶ。微睡みかけていた藤色の目がさざめいて、ゆっくりと日本号を映した。その双眸を見つめ、なるべく穏やかに問うた。
「何でお前、わざわざ俺と寝るんだ」
 途端、長谷部は身を強張らせて日本号から離れようとした。しかしそれを許すわけがない。日本号は逃れようとする長谷部を肩に回した手で無理矢理押し止めて、強張った顔を間近で覗き込んだ。
「お前も飲み慣れてきた頃だ。もう自分が酒を飲みすぎると眠くなることも分かってるだろうし、眠っちまう前に酒をやめることだって出来るだろう。なのに何故潰れるまで飲む?」
 酒を飲まないで寝ると眠りが浅いのか? それともそうするのが好きなのか?
 あえて選択肢を上げてやる。だが日本号には、そのどちらでもないだろうことが分かっていた。何故なら日本号の記憶と読みが正しければ、寝かしつけている時に長谷部が起きているのだろうと思われたことが度々あったからだ。
 例えば、日本号が寝入るまで戯れに触れている時。時たま、長谷部の寝息がそれまでとは明らかに変化していることがあった。そういった場合は長谷部自身の様子も次第に変化して、触れているうちに眉根を微かに寄せふるふると震え出す。
 その様子を見て、嫌なのだろうかと日本号は考えた。それならば何故起きて自分を止めないのか。普段散々罵倒し合っている仲だ、それくらい容易いだろう。
「勘違いすんな。俺は責めているわけじゃねえ。ただ、単純に知りたいんだ」
 長谷部は瞠目した硬い表情のまま、日本号を見上げてぴくりとも動かない。
 日本号は気にかかっていた。長谷部は何故、己に触れられるのを寝たふりをしてまで受け入れるのだろう。そして何故、翌朝何事もなかったような顔をしてまた次の約束をして、無邪気に酒を飲んで潰れるのだろう。
 どうしても知りたかった。何故、自分と飲んで共に眠るのか。何故、触れ合うことを拒まないのか。だから寝たふりの矛盾を問わないまでも、遠回しに尋ねていくことにした。
「お前、何で俺が一緒に寝ることを許してるんだ。酒飲んで寝るなら一人だっていいだろう。または誰かと寝てえだけなら、俺じゃなくたっていいだろ。何でだ?」
 すると、やっと長谷部が動いた。端正な顔の強張りが解けて、しかし自虐とも嗜虐ともつかない笑みを浮かべる。
「許す? 変な言い方をするな。許すのはお前なんじゃないのか?」
 挑発的な口調で問う。しかし日本号は、その瞳の奥に俄かに生じた烟りに気付いた。靄のように立ち込めるそれは夜立ち込める不安を誘うようなそれにも、朝たゆたう煌めくようなそれにも思える。日本号はこの長谷部の眼差しに覚えがあった。
 遥か昔まだ日本号が母里の籍であった頃、長谷部が時折日本号に会う度に口にしていた言葉があった。それは、今の俺は主の役に立てていないというものだった。その話をしていた長谷部は、ちょうど今とそっくりな顔つきをしていた。
 へし切長谷部というのは、昔から難儀なところのある刀だった。いっとう言って欲しい言葉や向けて欲しい思いがある癖に、それをしっかと胸に抱えておきながら、決して自身ではその胸中を明かさないのだ。何故ならそうして強請って言葉を掛けてもらったところで、彼は満足出来ないからである。
 しかし、では欲しいものが相手から自然に向けられるのを待つのかというとそこまでの我慢は出来ないらしい。とにかく欲しがりの性分だから、あの手この手で遠回しに求めるものを引き出そうとする。その結果大胆に、求めるものとは反対のものを引き合いに出すことになろうとも構わないようだ。つくづく謙虚なようでいて強欲、熾烈なようでいて臆病なのだ。
 先に述べた質問などまさにこの例で、日本号が否定してやると未だ眉間に皺を寄せて不満を述べながらも、僅かに肩の力を抜くのであった。
 回想はさておき。つまり日本号の勘違いでなければ、今の長谷部はそういったジレンマの渦中にある顔つきをしていた。
 夜のせいだろうか。常より暗い色をした双眸を眇め、長谷部は噛み付いてくる。
「お前にこそ、俺と寝る理由などないだろう」
 これは、いつもの問い掛けなのだろうか。日本号はやや思案するが、口にする答えは決まっている。日本号は自分を偽らない槍だ。
「まあ、そうさな」
 肯定すると、長谷部は不意に斬りつけられたような顔をした。それならば聞かなければ良かっただろうに。日本号はいささかの呆れと憐憫と、何より紛れも無いいじらしさを眼前の刀に見出した。
 その期待を裏切られたらしい顔を見て昏い喜びを覚えるのだから、我ながら趣味が悪い。つい口元が緩む。
「大した理由なんざねえが、俺は気の向かねえ嫌なことはやらねえ主義だぜ?」
 さりげなく手を肩から頭に回して、髪を指先で梳いてみる。長谷部は触れられた瞬間一度肩を跳ねさせたが、後は視線を落としたのみでもう拒まなかった。
 長谷部の部屋は、本丸の外れにある。だから、部屋の障子を開け放っていても誰かが通る気配を一切感じない。つまり誰にも気兼ねする必要などないのだ。
 長屋造りに夜風が吹き込んできた。次ぐ季節の予兆を孕むそれに、刀がふるりと身を震わせる。羽織を取ってくるかと尋ねると、小さく要らないとの言葉が返ってきた。
 長谷部は依然として視線を逸らしたまま髪を弄らせていたが、正直な此方に感化されたのだろうか。小さく、ぽつぽつと話し始めた。
「この身が人に振るわれなくなって久しい。そのせいか、たまに……温もりが恋しくなる時があるんだ」
 熱い血飛沫を吸い甘い倒錯を覚えるは刀の性。だが一方で、添う主人の温もりを守るのもまた刀の務め。酩酊による高揚も他者の温もりも、後者から遠ざかった身には懐かしく心地よい。長谷部はつっかえがちながら、大体そんなようなことを言った。日本号は彼の台詞を終いまで聞き終えると、口を開いた。
「答えきれてねえな」
 藤の視線を追うように首を傾ける。
「お前が酒を飲んで他人と寝たがる理由は分かった。だが、どうして俺なのかの説明がまだだぜ」
「言いたくない」
 長谷部の方とてそれは察していたのだろう。日本号の視線を避けるように首を逸らした。しかし髪を弄るのをやめて待ち構えていた片手に側頭部が捕まった途端、観念したらしい。溜め息と共に零す。
「言いたくないが……お前が良いんだ」
 全く、狡い男である。日本号が何やかんやと言いながらも長谷部の意を優先することを知っていての言葉選びだろう。
 だが、残念ながら読みが甘かった。これまで長谷部に好かれていないと思っていた日本号は、彼のこの台詞を受けて逆に俄然闘志が湧いた。畳み掛けてもいいだろうという気が起こったのである。
「そうか」
 追及の手を緩めたふりをして、即座に日本号は手っ取り早い吐かせ方を選んだ。擽りの刑に掛けたのである。これ以外にも方法はあっただろう餓鬼かよと後になって頭を抱えることになるのだが、この時の日本号は長谷部も馴れ合いが嫌でないらしいという確信から少々舞い上がっていた。加えて急に首元と脇腹とを両手で擽られた長谷部が、それまでの硬い表情から一転してころころと笑い出したのも彼の勢いを助長した。
「おら、言う気になったか」
「やめろ馬鹿ッ! くすぐったい、ははっ」
 長谷部は実によく笑った。平素の挑発的な調子とは異なる、稚児のような笑い声を上げた。彼に珍しい純粋な笑顔は悪くないもので、こそばゆいと言いながらも不快な様子を見せないから日本号はもっと擽る。長谷部が笑い過ぎて転げた。日本号も前のめりになって手を伸ばす。脇腹を、脇の下を、胸を、首を、満遍なく。擽り回しながら日本号はずっと、長谷部を見つめていた。次第に長谷部の様子が変わってきたのに気付いていたにも関わらず、止めてやれなかった。手の動きが自然と緩やかになっていくも、止まらなかった。
 まず頬が、耳朶が朱に染まった。次いで息遣いが浅く、荒くなる。目の縁が潤み、目付きが変わる。
「離せ、やめろ変だ、っあ」
 へし切長谷部というのは、こんな声も出せる刀だったか。睨もうとしているのだろう眦に不測の事態に対する困惑を滲ませながら、懇願するような声色で罵っている様子は悪くない。
 大体、だ。日本号の手はとうに拘束をやめている。左手は仰向けになった長谷部の顔の横に据えているだけ。右手もゆっくりと、指先で耳の表面を引っかけては離しを繰り返しているのみ。だから相手がその気になれば何時だって振り解けるだろう。
 だが自分だってそうだ。何故やめてやらない? 何でまた擽られたら弱そうな所ばかりを執拗に嬲って、声を引き出しているのだろう。
「はぁっ、にほっごぅ、ばかっやっ」
 長谷部は茹だった顔ではっはっと必死に息をしている。懸命に罵ろうとするのに全く出来ていない。首筋にも指を這わせてみれば、もっと悩ましげな吐息が漏れた。身体中が繊細に震えている。そのささやかな、羽化したばかりの蝶が飛ぼうと翅を開いて閉じているかのようないじらしい揺れを身体中で感じて、押さえ込んでやりたい。その一方で飛ばせてやりたいとも思う。もっと、自分なら。自分ならーー。
 気付けば日本号は、息を飲んで見入っていた。口では拒んでいる癖に震える身をこの手に委ねている長谷部の姿に、蜘蛛の巣にかかった艶やかな蝶が重なった。
 これはまるで。
 ――まるで?
 そこまでだった。
 日本号は長谷部の頭を撫で、「悪かった、寝ろ」とだけ告げて部屋から逃亡した。長谷部は追ってこなかった。
 
 
 
「槍だけにやり逃げってな」
「二点だな」
「うええ」
 聞いた直後の御手杵と蜻蛉切の感想は、御手杵の洒落に関する呑気なものだった。しかし軽い応酬の後もなお俯きがちな正三位を前に、二本揃って溜息を漏らす。まず蜻蛉切が口火を切った。
「御手杵、言ってやれ」
「え、何を?」
「いつも自分と言っているアレだ」
「あー、アレか。でもそれ本人に言っていいのか? 本人を前にしたら言うなって話だっただろ」
「今となっては問題ない。言ってしまえ」
「分かった」
 御手杵は心得て、日本号を正面から見据える。息を軽く吸い、何の躊躇いもなく言い放った。
「あんたらそれでデキてないとか、本当信じらんねえよな」
 日本号は顔を上げた。ぽかんと開いた口から、間の抜けた声が漏れる。
「あ?」
「あんたらのこれまで当然にやってたこと――つまり一緒に寝るだとか頬っぺ触るだとか、そういうのって普通友人同士じゃやらねえぞ」
「そう……なのか?」
「仲の良い兄弟なら別だがな。粟田口などはその例だ」
 蜻蛉切も頷く。日本号にとって、二本から聞かされる言葉は予想外だった。だが御手杵も蜻蛉切も、ここぞとばかりにこれまで胸に蓄積していた疑問をぶつけていく。
「て言うか、長谷部なら抱けるって今更気付いたのか? てっきり気付いてるもんだと思ってたんだが」
「え、いや」
「日本号は基本的に女子の身体を好むとは認識していたが、それはてっきり男の身体も味わっての上での性癖だろうと思っていたが違うのか?」
「まあ、そうだが」
「えええ!? なのにこれまで、長谷部とはただ寝てただけだったのかよ!? 信じらんねえ感覚が狂ってやがる!」
「親しすぎるとはそういうものなのだ御手杵。分かっただろう?」
「分かった。よく分かった。刀の付喪神に鞘の性質が組み込まれてることを分かっておきながら、さらに俺達付喪神にとって外見における性別なんて表面的なもんでそもそもは両方を持ち合わせてることを分かっておきながら、そんな状態だったんだな」
「なあ日本号、どうなのだ?」
「お、おう。そうだ」
 日本号は二本のらしからぬ剣幕に押されつつ首肯した。するとまた二本は吐息を漏らす。
「あんた、分かってるんだろう? 本当の答えは、あんたの中で出てるだろ」
 俺でさえ分かったぜ、と御手杵がじとりとした目付きで睨む。
「何をそんな、既に石で固めてある外堀の強度を確かめて更に石膏で埋めるような真似をしてるんだ。いつもの傲慢はどうした? 日ノ本一の槍だろう?」
 御手杵はずばずばと刺してくる。いつもならば怒るところだったかもしれない。だがこの時の日本号は、惑っていた。そこに投げ込まれた問い掛けは、少々強引ではあるが標の役割を果たすことになった。
 思い出してもみよ。酒を飲む度自分に委ねられた、男らしく筋張った身体つき。だがその恵まれた肉体を主張しすぎることのない、洋装も和装もそつなく着こなすその肢線を、自分はどうしてやりたいと思ったのか。
「日本号。先程、長谷部殿を抱けると言ったな」
 極め付けは蜻蛉切からの台詞だった。この奥手なように見えていた実直な槍は、存外にも知った顔でこう諭したのだ。
「『抱ける』と『抱きたい』は別だぞ。どちらなのだ?」
 思い出してもみよ。先程己は、無防備に身を横たえた長谷部を前にどうしてやりたいと思ったのか。
 日本号は自問した。そして彼はようやっと、自らがずっと抱えていた言葉にならぬ答えに気付いた。





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