HQでⅥパロ-3話②

 

 

 

「好都合だろ」

「そうとも言い切れないよ」

 

 ハナマキは、珍しく真摯にイワイズミの言葉を否定する。

 

「あっちに、すげえやばいのがいる。『鷹の目』使いだよ。俺が渡り鳥の目で様子を見てることに気づきやがった」

「お前の視線を、鷹の目で察知した?」

 

 イワイズミが復唱し、鼻を鳴らす。

 

「随分勘のいい野郎だな」

 

 ――勘がいいどころじゃない。気味が悪いくらいの察しの良さ、精緻なコントロール能力だ。

 オイカワは内心訂正する。

 

 「鷹の目」は渡り鳥の目に似た、探索用の技だ。しかし似てはいても、両者の性質は対照的である。渡り鳥の目は遠く広い範囲を見て取るのに向いている技術であり、それに対して鷹の目は近場の狭い範囲を鮮明に見ることに長ける技術だ。どちらも、本来なら向かない目的――つまり、渡り鳥の目なら近くの詳細を見ること、鷹の目なら遠くを見渡すこと――で技を使えば、その分術者が消耗することになる。

 

 オイカワとて鷹の目を習得する狩人であったため、必然的に鷹の目使いでもあるわけだが、必要に駆られない限り遠方の敵を探そうとはしない。

 

「肉眼で目視した獲物の追尾に向いてるはずの鷹の目で、目視できない遠方から渡り鳥の目を使っているヤツの存在を嗅ぎつけるなんて。そいつはよっぽどヒマだったか、馬鹿なのか――」

 

 または、と続けようとした先を、オイカワは飲み込んだ。そしてさりげなく、肝心なことを訊ねた。

 

「まさか、こっちに向かってきてるの?」

「その通り」

 

 ハナマキは肯定し、思い出すように遠くを見つめる。

 

「俺が鷹の目から逃れようとした時点で、四人、カラスノの城門からこっちに向かって飛び立つ気配を感じたね」

「城門から? ってことは、そいつら夜番か」

 

 イワイズミがわずかに瞠目する。

 

「夜番がこんなところまで来て大丈夫なのか? 城門の守りがガラ明きになるぞ」

「それがカラスノなんだろ」

 

 マツカワが答える。

 

「アイツらはウチとは正反対だからな。攻めは上々、特攻上等。その代わり安定感には欠ける」

「それでも烏は烏。だから面倒なんだって。な?」

 

 ハナマキが言葉を足し、マツカワに同意を求める。唯一この世界の記憶を持つ彼は、頷いてまた語る。

 

「そうそう。古豪カラスノの武器と言えば、敵を啄む鋭い嘴、何だって喰らう飢餓精神、そして去年復活した――」

「烏天狗直伝の妖術、『カラスノの黒い翼』か」

 

 そうオイカワが補うと、マツカワは驚いた声を上げた。

 

「お前、何で知ってるんだ。覚えてないんだろ?」

「俺たちの世界の、つまり夢のカラスノはね、堕ちてないんだよ。その都市も、衛兵部隊の腕前も」

 

 現実世界と夢の世界の存在が事実であり、かつその関係性がマツカワらの語った通りであるとするならば。現実世界において、「堕ちた強国、飛べない烏」と呼ばれたカラスノの戦士たちは、そう称されてもずっと、飛ぶことを夢見てきたのだろう。

 そしてその夢は、現実になったらしい。

 

「俺は、飛べるカラスノ衛兵部隊の戦いを見たことがある。とは言っても、俺たちの世界とこの世界は大分違うところもあるらしいから、参考にはならないかもしれないけど」

「いや、十分なるだろう」

 

 マツカワが首肯する。

 

「カラスノが飛ぶ力を取り戻したのは去年だが、それでも急激に奴らは力を増してきていた。もしかしたらもう、今はもっと全盛期に近づいているかもしれないからな」

「でも、もし飛んできてる奴らが防衛軍の人間だったら――」

「その可能性はない。今現在でも試験的に『カラスノの黒い翼』を使っているのは、若くて生命力のある訓練兵。つまり衛兵部隊の人間だけだ」

「なら参考になれるかもしれないね」

 

 今ここに向かってきてる中に知ってる顔がいればいいんだけど、とオイカワは軽く笑う。しかしその一方で、その脳は目まぐるしく動いていた。

 カラスノの鷹の目使い。自分の世界のカラスノを思い出してみる限り、そんな戦士は一人もいなかった。

 

 ただそれは、あくまで自分の世界の「去年見かけたカラスノ」における話だ。

 

 ――もうすぐ武道大会が近いんだから忘れんなよな! 今年は厄介なんだぞ!

 

 この世界に落ちてくる直前、イワイズミが発した台詞が思い返される。続いて、それに答えた自分の声も蘇ってきた。

 

 ――よーッく知ってますぅ! ダテもワク南もシラトリザワも絶好調だし、ジョーゼンジも調子上げてるし、カラスノとかいうダークホースも出てきちゃったし!?

 

 その後。いつも効率のよい後輩が、ある根拠からオイカワの懸念を否定して。

 

 黒い影が、脳裏をかすめる。

 

「ねえまっつん。この世界の俺たちは、この世界における『去年』、三年生だったわけだよね?」

「え? まあ、そうだけど」

 

 唐突な話題だったせいか。マツカワは意表を突かれた様子で、戸惑いながらオイカワの問いかけに答える。

 

「そして今の俺は三年生だから、この世界に比べてあちらの世界は一年遅れている計算になる」

「オイカワ、お前何を」

「それでもこの世界と俺たちの世界は、とても共通点が多く親和性が高い」

 

 マツカワもハナマキも、制止しようとしたイワイズミでさえ、言葉を止めてオイカワを見つめた。

 彼らの隊長から、浮ついた声の調子と笑みが失せていた。

 

「まっつん。さっき俺に、カラスノのことを『覚えてないんだろ?』って聞いたね。つまりこの世界の俺たちは、カラスノとの対戦経験がある――一年遅れた夢の世界から来た俺にはない、その経験があるわけだ」

 

 オイカワの波風立たない声は、第三者が耳にすれば沈着な司令塔の物腰を表したものとして聞くだろう。だが彼の声を聞きなれた三人には、現在の彼の心理状況を正確に、かつ迅速に察した。

 淡々と言葉を重ねる、まるで独り言のようなこの口調。そして笑みを浮かべることさえ忘れた、まるで能面のごときこの無表情に、先程から微動だにしない肢体。

 

 オイカワがこういった状態にあるということ。それは彼が「とっておきの敵」を着実に仕留めるための、集中の極致に至っていることを指す。

 

「今のカラスノが本当にかつて猛々しい鴉の群れと称されたバトル・ホリックの集まりだとするなら、きちんと対策を立てないと五体満足でカラスノに辿り着けないことになる。だから、教えて」

 

 整った顔立ちの中央。海老茶色の瞳孔を開いたままに、オイカワは問うた。

 

「この世界のカラスノに、俺の後輩はいるの?」

 

 刹那目を落としたマツカワの様子は、回答に躊躇うかのごとく窺えた。しかしすぐ溜め息のような吐息を含みながら、答えた。

 

「いるよ」

 

 その一言を聞けば、十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この3話から、しぶに効率よく移すことも考慮して、ちょっと改行を入れて見ようと思います。改行無くなってたら察して下さい。

意外と難産でびっくりです。