HQでⅥパロ-2話③

 

 

 

 両者が同時に動き出す。高い不協和音。まず衝突したのはイワイズミとアオネ。クロスして掲げた両腕で大剣を受け止めたアオネに、戦士は目を丸くする。

 ――出た、ダテの魔工防具!

 オイカワは一線から退きながら考える。

 ダテ工業都市衛兵部隊に「ダテの鉄壁」という二つ名のつく要因は、二つある。一つ目は隊員全員に騎士の職業経験があり、誰もが防壁スキルを駆使できること。そして二つ目は、彼らが身に着ける武具防具だ。ダテは豊富な資源と採掘技術、そしてその加工に優れた工業都市。ダテで作られた防具は特殊なものが多く、その使用にはそれに見合った修練が要るらしい。そのためにダテの装備品は身内の限られた戦士にしか扱えないが、使いこなせれば頼もしい相棒となってくれるという噂だった。

 イワイズミは固まらず、すぐさま突き出されてきたアオネの片腕をいなして首元に剣を突きつける。アオネの突き出さなかった腕がそれを受け止め、ぐるりと回して剣を逸らす。イワイズミはそれを逆手に半身を捩じり、その側頭部へ上段蹴りを放った。しかしアオネは身体を低くして躱す。

 空ぶったところで驚くようなイワイズミではない。すぐさま地に大剣を刺して軸とし、宙がえりして距離をとってから挑みかかる。斬りつける大剣、防ぐ手甲。その様をじっくり眺めるオイカワは、アオネの右人差し指の先端に目をつける。

 アオネのロックオンのことは聞いていた。彼の機械でできた両手の指先は魔弾銃になっており、敵チームを見つける度にその右手の人差し指で相手のエースを狙い打つ。実際その弾丸一発は相手の命を奪うつもりのない宣戦布告のようなものらしく、そのせいで人が死んだという話は聞いたことがない。しかしこの奇行はミャギ内であまりにも有名であり、アオネのエースクラッシャーとしての恐ろしさを語る時は、必ずこの話をするのが通例だった。それはこちらの世界でも変わらなそうだ。

 ――さっきの弾丸はあっさり斬れた。でも今は鎧に傷一つ付けられてない。イワちゃんの攻撃は、ミスリルだってぶっ壊すのに。

 思うにあの防具がイワイズミの攻撃を受けても傷つく様子がないのは、防具自体の堅さというより装備者の技術のせいだろう。あの金属が何でできているのか知らないが、恐らく魔法の呪が込められた剣と似たようなもので、本人の騎士としての技術が反映されやすいよう作られているに違いない。見れば、アオネ以外の鎧も同じ材質でできているようだ。隣でハナマキと打ち合うフタクチ、マツカワと打ち合うカマサキを見ても鎧に傷がついていない。

 おまけにあの、動きの速さ! イワイズミとアオネは、まるで剣舞でも行っているかのようにくるくると立ち回りながら、激しく剣と腕とをぶつかり合わせている。端から見ればアオネが防戦一方であるように見えるだろうがとんでもない、まずイワイズミの攻撃を受けることができ、かつその動きについていけていること自体が生半可ではないのだ。しかも、あんな重装備を身に纏っているというのに。

 守備力を下げることはできないだろうか。オイカワは敵全体の様子を窺い、守備力低下呪文を詠唱しようとしてはたと動きを止めた。

 打ち合う三組の背後。あの巨体の後輩、コガネガワがこちらに向けて大弓を引き絞っている。

 ――いや、まさかとは思うけどあのバリバリの動きはまさか。

 コガネガワが弦を放す。すると魔法矢が四本、異なる方向へ飛び出してそれぞれアオバ城砦メンバーのもとへと飛んだ。

「うげっ!」

「おおっ!?」

 そのうちハナマキを狙おうとした矢はその手前にいたフタクチを、マツカワを狙おうとしたものは同じくカマサキを掠め、その上対象にも難なく躱されてしまう。残り二本、イワイズミとオイカワを狙ったものも地に落ちてしまった。

「コガネガワあああっ!」

 フタクチが怒号を飛ばした。

「てめー軽率にアローすんなっつっただろうが!」

「すんませんっ! でもアローカッコいいからやりたいんス!!」

 コガネガワは大声で謝った。その姿勢はどう見てもふざけているわけではなく大真面目である。

    アローとは、基本的に隠れて射る狩人の技だ。物陰に潜んで射たり、上級者ともなれば弓も持たず片手だけで魔法矢を飛ばしたりするのが定石である。

「すっごい分かりやすいアローモーションだったねー」

 オイカワは笑いを隠さず揶揄う。コガネガワが真っ赤になってプルプル震え、一時彼の傍へ引いたフタクチがこちらへ向けて舌打ちする。

 打ち合っていた敵が引いたため、オイカワの隣にハナマキが戻って来た。ダテコー側を警戒する目はそのままの彼に、声をかける。

「お疲れマッキー。どう?」

「今一歩踏み切れない。堅い」

 ハナマキは額に滲んだ汗を拭い、フタクチを見やる。彼の右手には片刃刀、もう一方の手には短刀がある。

「アイツ、スピードとバネを活かしたカウンターが滅茶苦茶上手い。こっちが下手に勢いつけすぎれば、その勢いをそのままこっちに返される」

「魔法は?」

「使ってこないけど、こっちも使いづらい感じ」

 アイツら呪文の反射もできる。そう呟いたハナマキにオイカワの口元が引き攣り、げ、と苦笑を漏らす。

「マッキー試してみたの?」

「さっきあの見え透いたアローが来た直後に、試しに小さいの一つ使ってみた。やっぱり撥ね返された」

「さっすがダテコー。抜かりないな」

 「防御こそ最大の攻撃」。それがダテコー衛兵部隊の基本理念だ。相手の攻撃を決まらせない、むしろその勢いを利用し、仕留めて見せる。それを徹底した結果、ついたあだ名が「ダテの鉄壁」である。

 このいかなる攻撃をも殺す高く厚い壁を前に、どれだけの攻撃手が心を折られていったことか。

「じゃあ守備力を下げるにも、魔法では無理だね」

「こっち側を上げていくしかねえな」

「上げて物理で攻めつつ、壁の隙間を少しずつ広げる」

 オイカワはまずイワイズミに、次にフタクチに小言を言われているコガネガワへ流し目をくれて、眼前の仲間へ悪ガキめいた笑みを投げかける。

「イケるね、マッキー?」

 ハナマキは隊長と同じ笑みを浮かべ、拳を掲げた。オイカワはそこへ己の拳をぶつける。

「ぬぅんッ!!」

 力む声と、不自然な足下の揺れ。弾かれたようにオイカワが顔を上げる。マツカワの対峙する相手、カマサキが大地に拳を叩きつけていた。

 足下を駆け抜けていく、目に見えぬ波紋。得体の知れない気配を感じ取ったオイカワとハナマキは、咄嗟に散開する。

 カマサキの拳が埋まった個所から地面がめくれ上がった。岩盤が隆起し、地面からせり上がる刃の群となってアオバ城砦一同に襲い掛かる。これにはマツカワだけでなく、イワイズミもアオネとの距離をとって持ち場を離れた。

「うらああっ!!」

 雄叫びと共に、カマサキの拳は眼前に盛り上がって来た岩の塊を順次殴りつけていく。砕けた岩は人の頭ほどの大きさの鏃となって、なおも形を成し続ける岩刃の隙間を逃げ惑う者たちを襲う。

 オイカワは飛んで跳ねて足下や宙から襲い来る刃を避けていたが、運悪く眼前に石の鏃が迫ってきてしまう。咄嗟に長剣で弾くも逸らしきれず、利き腕に灼けつくような痛みが走った。

 ――重いっ!

 鮮血を散らした利き手を庇いながら、オイカワは一時後退する。

「どーだコラァッ!」

 己が生成した岩磐彫刻群の上に仁王立ちし、カマサキは腕組みをした。すっかり険しい岩山のようになってしまった眼下を眺め、ナックル付きの手甲でその分厚い胸を叩く。

「これぞ、筋肉と錬金術による匠のコラボレーションッ!」

「おおおっ! カマサキ先輩かっけーッス!」

「カマサキさん、恥晒すのやめてください」

 いち早く退避していた後輩その一が賛美し、その二が罵倒する。単純な先輩はンだとフタクチィ! とあっさり挑発に乗る。

「めっずらし。前線に出てくる錬金術師なんて、初めて見た」

 オイカワは離れた位置の岩盤の影から彼を仰ぐ。驚いているのは確かなのだが、思わず口角が上がるのを押さえきれない。

 錬金術師は物質の法則研究に明け暮れる学者だ。その研究の一環で魔法や魔術、魔法薬の生成を含めた薬学に手を出すこともあるが、それを戦闘のために用いる者は滅多にいない。それは彼らの多くが根っからの研究者気質であることが多いからということと、彼らの術だけでは戦場で生き残るのが容易ではないことが要因なのだろう。

「アイツ、学者肌なんてモンじゃねーよ。根っからの肉体派だ」

 オイカワの隣にやって来たマツカワが、やはり錬金術師を見上げて呆れたように言う。道師の肩は荒く上下しており、顎を伝った汗が血のところどころ滲んだ僧服に吸い込まれた。

「使って来る魔法は錬金術を応用した性質変化のヤツ――今の岩が隆起するみたいな――だけだ。普通ならこんな風な使い方したらへばるんだろうが、本人の筋肉量と体力が半端じゃねえから、見事決まっちまってる」

 まっつん回復した方がと促す前に、左肩のあたりに気配を感じてオイカワはぎょっとする。振り向けば、イワイズミが先程まで自分が見上げていたのと同じ方へ視線を向けていた。

 いつも男らしく勇ましい眼差しが、今は鋭さとは異なる丸い輝きでキラキラしている気がする。これはひょっとして、とオイカワは胸中で呟く。

「すっげぇ。カッケーな……!」

 案の定、イワイズミは開口一番そう言った。あーやっぱり来たかこれ。目がもうすっかり少年時代だ。

「へえ、ハジメくんはもしかしてあーゆーのがお好み?」

 いつの間にやらマツカワの隣からひょっこり顔を見せたハナマキが問う。オイカワは額に手を当てて溜め息を吐いた。

「イワちゃんはね、ゴリラと言われると怒るけどゴジラと言われると喜ぶような、そういうヤツなんだよ」

 マツカワとハナマキが同時に噴きだした。

 要は「怪獣大決戦」的な大暴れと、伝説の大怪獣ゴジラを連想させるようなゴツゴツしたデザインが大好きなのだ。

「うし、気合入って来た!」

 俺に勝負させろ、とイワイズミが未だフタクチと言い争っているカマサキを見上げて舌なめずりをする。その横顔が、少年時代の憧れを昇華させた戦士のそれになっているのを認めたマツカワが頷く。

「いいけど、アオネがくっついてくるだろ」

「あ、そうか」

「俺が囮になるよ」

 どうしたものかという表情になったイワイズミだったが、マツカワの提案に顔を輝かせた。

「いいのか?」

「もちろん。でも、うまいこと合わせろよ?」

「おう!」

「オッケーオッケー。じゃあこうしようか」

 オイカワが小声で三人に囁きかける。その内容に耳を傾け理解した三人は、一様に好戦的な笑みを浮かべた。マツカワがそれでいこうと代表して告げる。

「お前にしちゃあカワイイ作戦だな」

「オイカワさんの心は神のごとき優しさで溢れてるからね」

「冗談は顔だけにしろよ」

「イワちゃんそんなに羨ましがらないでよ。神の奇跡の間違いデショ」

「神の設計ミス」

「内外共に」

「何なのみんな。そんなに僻むなよ! みんなだってイイ男だよ! 俺ほどじゃないけでゅふ」

 真正面から顔面を掴まれて、オイカワの口から美青年らしからぬ潰れた蛙のような声が漏れた。

「行くぞー」

「うぇーい」

 おまけに視界をイワイズミの手で潰されていてよく分からないのだが、イワイズミの声かけのあと、後頭部二方向からあと二人のものらしき緩い返事と掌が押し付けられる。三方向から顔を押しこくられている。

「ねえ何これ円陣? 円陣のつもりなの? ずるい俺も入れてよー」

「入ってるだろうが中心に」

「誤魔化されないからね! ねえ俺も――」

 不平を漏らすと、三方向から髪を掻き交ぜられて手が離れた。反動で俯いた顔を上げると、明るくなった視界に映る三人はにっと歯を見せて笑っている。

 前から思ってたけど、イワちゃんだって笑い方が悪そうな時あるよ。ほら、今の顔とか。マッキーとまっつんは言わずもがなだけど。

 オイカワは以前彼が口にした台詞を思い出してそう言ってやろうかと思ったが、今の自分の顔が言うと格好良くないだろうなと考え直してやめた。代わりに、自分も精一杯共犯の笑みを浮かべる。

 くそ、俺の扱い上手いなコイツら。ちょろいな俺。

「さて、どこから行くよイワイズミさん?」

「真正面」

「男前ここに極まれり」

 こちらに背を向けたマツカワの問いかけにイワイズミが即答し、ハナマキが神妙な顔つきで茶化す。

 マツカワがそれぞれの傷痕に片手を翳し、軽い処置を済ませる。そして物理攻撃役二人は背を向けたままひらりと片手を振り、音もなく岩陰から飛び出していった。

「じゃ、俺らも行きますか」

「アイサー」

 オイカワにハナマキが応じ、軽やかに隆起した岩でできた細い道を駆けだす。その背中を見送って、オイカワは反対方向に走り出した。

 誰にも気づかれないよう、足音を潜めて移動する。一定間隔を置いてできている岩刃の切れ目から覗くと、あの高台でイワイズミとマツカワ、そしてカマサキとアオネが二対二の肉弾戦を繰り広げているのが見えた。アオバが誇るエースと道師は上手く立ち回っているようで、イワイズミは希望通りカマサキと勝負できているらしい。アオネの方はマツカワに阻まれながらも、カマサキの援護をしようと尽力している。

 四人が展開する大立ち回りの周囲を、風を切る音と共に銀の輝きが舞っている。ハナマキの投げナイフだ。その銀の軌跡を追うように、見覚えのない翡翠色が弧を描く。オイカワが目を凝らすと、盛り上がる岩のすれすれを滑空するそれを人影がキャッチした。その正体を悟り、オイカワは合点する。

 鎖鎌だ。操り手はフタクチ。どうも彼の左腕の装甲に仕込まれていたらしい。

 フタクチは周囲を見渡している。俺を探しているな。オイカワはその目つきから悟る。ハナマキの居場所なら、ナイフの放たれた位置から分かっているはず。

 オイカワは左手を発射台に見立て、右手を引く。両手の間に灼熱を放つ一本の矢が出来上がっていく。

 さあ、気付け。光が輪郭を明確にし安定したのを確認して、オイカワは岩の隙間から矢を放った。鳶の声のごとき高い音を奏で、魔力の籠った神速の矢は一直線にアオネのもとへ飛来する。いち早く気づいたフタクチが瞠目した。アオネは矢に背を向けているから、気付かない。

 フタクチは仲間の前に立ちふさがる。前方へ伸ばした両手、白と緑の滑らかな手甲に覆われたそれが即座に煌き防壁を築く。

 速い。精度も素晴らしい。しかし、オイカワの双眸と唇は意地悪く三日月を描く。

「その一枚じゃあ、俺の矢は防げないよ」

 薄緑に煌めく防壁と灼熱の矢がぶつかった。フタクチの甘い顔立ちが、勢いを失わない矢を睨み歯を食いしばる。

 防壁に自信のない者なら、受け流してしまったかもしれない。しかし彼は守備に長けた戦士であり、だからこそ彼の背後にアオネだけでなくもう一人いることに気づいていた。今下手に逸らせばそのどちらかか、最悪両方に当たってしまいかねない。

 ――こんなん当たったら、装備の修理どころじゃすまねえ……っ!

 踏ん張った踵が、ズズ、と地面を抉る。指先が焦げる。フタクチはなおも壁に力を注ぎ込む。

「馬鹿野郎っ!」

 突然逞しい手が背中を支え、視界の左側に自分と同じ色の籠手が現れる。甲に描かれた錬成陣を一瞥して、フタクチはつい笑みを零した。

「現役のひよっ子が身体壊すような無茶すんじゃねえッ!」

「……自分も入隊前のクセに、何言ってるんスか」

 声を荒げる先輩に、フタクチは憎まれ口で応える。

 二人分の壁を前にして、矢はようやく弾け飛んだ。それと時を過たずして、足下の窪地から純白の太い光線が迸り出る。光線は碧空に刺さり留まったように見えたが、刹那の静止の後、鋭い光の雨を降らせた。

 魔法矢の土砂降り、シャインスコール。自分たちのところへ降る分は、近くに寄って来たアオネが即座に壁を築いて防いでくれた。

 アオネがフタクチを見下ろして、ぺこりと頭を下げる。先程の矢の件だろう。いいってとフタクチは首を振り、改めて天から降る矢の群を眺める。

「やっぱりアイツ、このくらい容赦なく豪快にやっちまった方がいいな」

 無言でアオネも首肯する。ダテコーの新戦力コガネガワは身体能力と体格に恵まれているが、技術がまだ圧倒的に不足している。次第に自分で力加減を調整のできるよう育てていくつもりだが、今はその馬鹿力を存分に活かした方が良いだろう。

「先輩すんませんッ! フォロー入れませんでしたッ!」

 窪地から本人がよじ登って来る。フタクチは彼に手招きする。

「いや、今のはこれでいいだろ。それより、問題は次だ」

 背中合わせになった全員の目が、荒れた岩山の景色を眺めまわす。敵の戦士はすっかり姿をくらまし、息を潜めていた。ひだのように不規則に張り巡らされた岩壁。先程まではこちらが武器としていたそれを、今はあちらが防御に使っている。コガネガワの攻撃である程度見晴らしは良くなったが、人が四人も隠れるには十分だ。

 散るべきか? いや、だが下手に散開して先程のように一人ずつを狙われたらどうする。

 しかしあまり兵をまとめて置くのは良くない。強烈な一撃で仕留めにかかられる可能性がある。

 フタクチは内心舌打ちをした。やはりアオバ城砦。国内総合力随一の魔法戦士オイカワトオルをトップに頂く、駆け引き上手の強豪部隊であるだけのことはある。敵地であるにも関わらず不測の事態への対応が速い上に、嫌な状況を作ってくる。

「少し距離を置きましょう。何かに気づいたら、合図で」

 フタクチの指示で、四人は少々離れて立つ。

 己のブーツが砂利を踏む音しか聞こえない。

 ――落ち着け。俺が敵なら、どうする?

 自分たちの今の状態は、有利でもあり不利でもある。戦場全体の様子は見て取りやすいが、これだけ見晴らしがいいと良い的だ。

 つまり、次にあちらが攻めてくるとすれば。

 ――来る。

 どこから来るか読むのも容易かった。

「コガネガワッ」

「ハイッ!!」

 後輩が構えたところへ、先程よりなお眩い閃光が突き刺さる。フタクチとアオネで彼を挟み、三人がかりの防壁で弾き返した。

 目も眩む光がふっと消える。眩さに焼けた視界が暗くなる。目が利きづらくて瞬きした。だが、それにしては暗すぎる――フタクチの顔から血の気が引いた。

「カマサキさ――」

「くそッ!」

 咄嗟に手の空いている先輩を呼べば、間に合った。アオネがコガネガワの襟首を引っ掴んで引き倒し、ちょうどそこへ上空から落ちてこようとした敵エースの大剣を、落下地点に入り込んだカマサキが受け止めた。爆竹もかくやという火花が散り、それを見たコガネガワの顔色が青くなる。

 あのままそこに立っていたら、今頃真っ二つだっただろう。

「ッ!」

 カマサキたちとは真逆の方向から、甲高い金属の音色が響いた。アオネが反対側から襲い掛かって来た僧服の男の杖を殴っている。男はくるりと得物を回し、逆側で打ちかかる。

 ――あのアオバ城砦が、いまさら打撃だけで突っ込んでくるワケねえ。

 一対一だと終わりが見えないということは、先程まででもう悟っているはずだ。

 ちょうどその時、碧空の中で微かに瞬くものが見えた。よく凝視して、フタクチは透き通る無色のブーメランが弧を描いているのを発見する。迷いなく左腕の鎖鎌を外し、投げつけて撃墜した。

「目敏いな」

 聞きなれない低い声が鼓膜に届く。声の主を探れば、アオネと打ち合っている男が目を細めていた。

 一つ差のはずなのに大分年上に見えるその顔が、笑っている。

「でも、残念」

 その男の言葉を、別の声がそっくりそのまま同時になぞる。ゾッとして身を翻す。

 高台のふちに、最初に自分と手合せした明るい髪色の男が佇んでいた。

「そっち、囮だから」

 無表情に告げられた台詞。それで、己の鼓膜を金属のぶつかり合う音とは全く別の音が擽っていることに気づく。

 フタクチの双眸が、その音の正体を映す。

 自分たちの中心――カマサキもアオネもコガネガワも、そして自分も背を向けて生まれた、小さな空間。

 そこで、転がってきた小さな丸いモノが火花を散らしている。

「散れッ!」

 フタクチは叫び、大地を蹴った。

 背後でドカンと空気が震えた。戦いで穿たれた低い地面を二転三転し、フタクチは膝をついて身体を起こした。己のいた場所を見上げれば、白煙が上がっている。少し遅れて、男二人の悲鳴が聞こえた。どちらも聞き覚えがある。

 すぐ近くにアオネが転がってきた。彼はすぐ受身をとって立ち上がると、白煙とは逆方向を向いて構えた。フタクチもすぐその方向を向き、腰に帯びた刀の柄に手を添える。

 アオバ衛兵部隊隊長、オイカワが満面の笑みで佇んでいた。

「運がいいなぁ。強者は運も味方にするんだね」

 運がイイ? フタクチは胸中で復唱して唾を吐きたくなる。

 見なくたって分かる。左後ろに一人、右後ろに一人ずつ隊員を置き包囲しておいて、よく言うものだ。

「ウチの連中に何したんスか」

「安心してよ。ただの催涙弾だから」

「アンタが言うと信じらんないッス」

「ひどい、誠実に本当のことを教えてあげたのに」

 あからさまに傷ついたような表情をしてくるのが、顔立ちが整っている分余計大袈裟に見えて最高にウザい。

「天然成分百パーセント、ヤバいもんは本当に入ってないから大丈夫だ」

 右後ろから声が落ちてくる。顔を上向けて仰げば、あの明るい髪色の男が岩の上に腰掛け長い足を組み、こちらを見下ろしていた。

「ただ主成分はトウガラシだから、しばらく目と鼻と口の粘膜が痛むだろうけど」

「俺たちを通してくれたらすぐ治してあげられるよ。このマッキーが作ったモノだからね」

「こっちにも一人、戦いに興奮しててうっかり吸い込んだ奴がいるからなるべく早く治療したいんだけどな」

「ちょっとまっつん! 格好つかなくなるようなこと言うのやめて」

 左後ろの僧服の男がしれっと暴露するのを、オイカワは声を高くして非難する。しかしマツカワは依然として気だるげな表情を動かさないまま、フタクチたちに語りかける。

「俺たちにこの街を侵略する気はない。技術を盗むつもりもないし、予算を横取りする気もなければ街を壊そうとも思わない。ただ、『真実の鏡』だけが欲しい」

 それも、もらうわけじゃなくて貸してくれるだけだっていい。

 彼の説く声は、淡々として低い。オイカワの浮ついた華やかな調子とは正反対の、小夜嵐を呼ぶ茫洋とした冷気のような語り方。

「必要なら誓約書だって書く。血印が要りようなら押すし、鏡作るために足りねえもんがあるなら取って来るわ。だから」

 声が、夜闇の底を撫でるが如く一層低くなる。

「中に入れてくれませんかね」

 フタクチは柄を握りしめた。

 その時だった。

「うわーっ!?」

 これまでこの場になかった叫び声が聞こえた。フタクチとアオネがはっとして顔を上げる。

「何だコレ!? こんなんできるのって――ああーっカマチッ!」

「やっぱり連れ出されてたな」

 来訪者は二人いるらしい。どちらも男らしく、何やらごにょごにょと言い合っていたが、やがて足音が一人分だけこちらに近づいて来た。

「おーまーえーらーッ!」

 岩壁の間を走って来たのは、小柄な男だった。一歩踏み出す度に短く癖の強い黒髪がぴょこぴょこと揺れる、ヒトの良さそうな丸顔である。頭にはゴーグル、薄緑の作業着のような服を身に纏っているところをみると、技術者だろうか。

 彼はぽかんと突っ立っているアオバ城砦メンバーにすみませんすみませんと頭を下げてから、包囲されているダテコーの戦士達に詰め寄った。

「普通にもてなせって言っただろ、何してんだよぉ!」

「別に、演練してもらってただけですよ」

 フタクチはそっぽを向いて口笛を吹いている。アオネはこちらをじっと彼を見下ろして、頭を小さく俯けた。

「あーもう本当にうちの隊員がすいません、すいません……!」

 乱入者はオイカワ、ハナマキ、マツカワに向かって三度、折り目正しく頭を下げる。間近でその顔を見て、オイカワはあっと声を上げた。

 思い出した。この顔は、自分の世界でも見たことがある。

「ダテコーの、前隊長くん?」

「そうです!」

 モニワカナメです、と小柄な彼は名乗った。

「本当にお待たせした上に、うちの部員が失礼を働いて申し訳ありません! アオバ城砦衛兵部隊さんからは入都申請もらってたんですけど、流行り病のこともあって街がまともに機能してくれなくて、どうにかこうにか上と交渉してたんです。でももう少しだから待ってくれるよう伝えてって、コイツらに言ったんですけど」

 モニワはまた、じとりと後輩たちを睨んだ。大柄な後輩二人は先程とまったく変わらず、反省している様子が見られない。

「あの、交渉して来てくれたってことはつまり」

「はい!」

 オイカワの問いに、モニワは破顔して告げた。

「ダテ工業都市は、アオバ城砦都市衛兵部隊の皆さんの入都を歓迎します!」

 

 

 

(続)

 

もうパロディだらけですね。