HQでⅥパロ-2話②

 

 

 

 その後、野営の跡を片付けて出発した。今日はそろそろ、最初の目的地に着くという話だった。そしてその予定通り、一時間も歩けば地平線よりずっと近い位置に高い城壁が見えていた。

「あれがダテコー?」

「ああ。俺もこうして来るのは初めてだけどな」

 ハナマキとマツカワが、オイカワと同じものを視界に捉えて会話する。

 ダテ工業都市。物作りに優れた職人の多く住まう、魔法工学によって発展した城塞都市である。街の周りを特殊加工によって築かれた堅牢な壁で守っており、その壁と兵で魔物を寄せ付けない。

「この街は俺たちが知ってるダテコーと、あんまり変わらなそうだな」

「外から見る限りはね」

 イワイズミと言葉を交わしてから、オイカワはこの世界の住人である二人に問いかける。

「もう、入都願いは受理されたかな?」

「微妙なところだな」

 マツカワは唸った。

「ダテコーは魔法工学がさかんだから、そう易々とは許可してくれないだろ」

「そりゃそうだよね。呪文系や技術系が発達した都市が他市に自分たちの技が漏れることを嫌うのは、当たり前だもん」

 オイカワは眉根を寄せて頷く。つい顰め面をしてしまうのは、彼にも個人的に覚えがあるからだ。

 魔法使いや魔導士など精霊言語による呪文を扱う職や、特殊な技術や道具を扱う技術職は、自分の技を他人に明かすことを嫌がる。何故ならそれは己の手の内を明かすことと同義だからだ。だから基本的に彼らはよほど長い付き合いをする味方でもなければ、その術を他人に教えることがない。

 しかし、時にはそういった暗黙のルールを無視してでも力を手に入れたいような輩もいるのだ。

 ――オイカワさん、魔法矢のコツを教えてください。

 鼓膜に蘇ってきた声変わりの済んでいない少年の声を、オイカワはゆるく首を振って追いやった。

 ハナマキが立ち止まった。全員が足を止めて、彼を振り返る。

「マッキーどうした?」

「なんかいる」

 三白眼は行く手にそびえる城壁を凝視している。オイカワはその視線を追って、城壁の上に四つ人影があることを認めた。

 そのうちの一つ、特に大きな影の一点がぎらりと輝く。太陽は彼らの背後、ただの反射光のわけがない――その正体を悟り軌道を読んだハナマキが叫ぶ。

「イワイズミッ!」

 金属音が響き、火花が散った。イワイズミの大剣が飛来物と接触し、飛んできたそれが二つに断たれカランと地に落ちる。

 銀の弾丸だった。

「ふーん、やっぱりあの人がエースかあ」

 明るい声が振ってきた。

 壁上から四つの人影が飛び降りる。彼らの容姿を間近で確認し、オイカワは双眸を眇めた。

 全身を機械めいた流線の鎧で覆う、年頃の近い男たちだ。オイカワも見たことのある人物だった。特に中心の二人は、面識があるわけではないけれどよく知っている。むしろ、ミャギの衛兵部隊で知らない者の方が珍しいだろう。

「アオネのロックオンを叩き切ってくるなんて、さすがアオバ衛兵部隊の斬り込み隊長ですね」

 その中心の右側が先ほどと同じ声で讃える。癖のない茶髪を右側へと流した、にこやかな美形である。まだ微かにあどけなさの残る顔立ちをしているが体格は逞しく、両腕両足を鎧とは少々異なる独特の装甲で覆っている。

 フタクチケンジ。「鉄壁」と称されるほどの高い守備力で知られるダテ工業都市衛兵部隊において、その中核を担う一人だ。

「オイ新隊長。止めなくていいのか?」

 フタクチの右に佇む男が問う。確かオイカワたちと同学年だったように記憶している。染められた金髪にフタクチより高い背、隆々とした体つき。

「いーんですよ。だってこれ、公式戦じゃないし。つーかご隠居サマは脳味噌使ってないで得意の筋肉使う準備でもしててくださいよ」

「ああ!? てめーフタクチ、それが引退したのに心配して後輩の様子を見に来た先輩を連行してきた奴が言うことか!?」

「だってカマサキさん、『俺のカラダが疼いてやがるぜ……!』って言ってたじゃないですか」

「そんな欲求不満みたいな言い方してねーよ! 暴れたりねーっつったんだよ!」

 フタクチと、カマサキというらしい彼の先輩は言い争いを繰り広げている。声を荒げる先輩に、後輩はすまして首を振って見せる。

「同じデショ。だから暴れる機会をプレゼントしてあげてるんですよ。どーせ他の都市に漏れなく、ウチも三年生はとっくに卒業してるはずなのに行政が機能しないせいで卒業も防衛軍入りもできない宙ぶらりん状態なんですから。とりあえず今まで通り実戦に出たっていいじゃないですか」

「まーそうだけどよ。お前が言うとなーんか腹立つんだよなあ」

「あっカマサキさんおこですか? 脳味噌沸騰しちゃいます? タイヘンだーカマサキさんのゼツメツキグな脳みそが、茹って使い物にならなくなっちゃうー」

「テメッこの」

「カマサキ先輩大丈夫ですか!」

 止まらない先輩後輩の言い合いに乱入してきたのは、これまた大柄な青年だ。金と黒のツーブロックの髪、前述二人を上回る背だけを見れば十分威圧的なはずだが、それより冗談に大真面目な顔で食いついて来たところを見てしまうと、どうにも間の抜けた印象の方が強い。喩えるなら、ありあまるパワーと主人への忠誠が空回ってしまう猪突猛進な大型犬である。

「茹った頭は簡単にはもとに戻らないらしいッス! 先輩、水分! ホカリ飲みましょう!」

「おめーはマジレスしてんじゃねえよコガネガワ」

 コガネガワというらしい大型犬はダテの城門を指さす。彼をねめつけたフタクチがこめかみを揉んだ。

 アオバ城砦四人組は、無言で彼らの即席コントを眺めていた。いつもならば揉めている隙に一撃二撃と加えてやるところなのだが、今回ばかりはそうはいかない。

 それをあちらもよく分かっているのだろう。フタクチがこちらへ視線を戻して、にっこりと愛想の良い笑みを浮かべた。

「こんにちは。アオバ城砦都市衛兵部隊の皆さんで合ってますか?」

「そうだけど、随分なご挨拶だね? 入都許可は正式に申請してあったはずだけどな」

「もちろんそういうのは来てますけど、このご時世に『ハイそうですか』って即通すワケないじゃないスか」

 オイカワが皮肉を織り交ぜて返しても、フタクチは怯まない。それどころか、明るい声色に挑発を含ませてくる。

「それに、その理由が理由ですからね。『真実の鏡』を作ってくれないか、なんて」

「報酬はちゃんと出すぞ」

「金さえもらえりゃいいってモンじゃねーんだよ」

 カマサキが鼻を鳴らした。男らしい太い眉根が中心に寄る。

「アレはな、ホイホイ作れるモンでもどんどんくれてやれるモンでもねえんだよ。しかもそれを、『魔王と対峙するために使う』と来たもんだ」

「だから、俺たちダテコー衛兵部隊が見極めてあげますよ。アンタらがあの鏡を手にするのに値する戦士か」

 フタクチがにぃと笑って、これまで一言も喋らないでいる左隣の男の肩を叩いた。

「な、アオネ」

 オイカワのその男へ注ぐ眼差しが、無意識に鋭くなる。張った頬骨、眉がなく唇を硬く横に引き結んだ、見るからに厳つい強面の大男だ。しかしそれより特徴的なのは、両手の肩から下を覆う魔工義手である。

 アオネタカノブ。現在防御力国内トップという噂の囁かれる戦士で、「ダテの鉄壁」におけるもう一人の中核。

「去年つぶれちまった春の武道大会ミャギ予選。本当なら俺たち、アンタらと当たるはずだったんだ」

 このところ姿が見えないって噂だった三年の、それも精鋭が来てくれるなんて嬉しいなあ。

 フタクチはそう嘯いて、装甲に覆われた両拳を打ち合わせた。

「一年遅れの春大としゃれこもうじゃないですか」

 にこやかな仮面の口元から白い牙が零れる。その瞬間、張りつめた場の緊張が弾けた。

 

 

 

 

(続)

 

伊達工はね、レツ排読んでから書くしかないわって思ってたんですよ。

レツ排はジャンルとしてはギャグファンタジーだと思ってる。