HQでⅥパロ-1話⑨

※キャーHQのDQⅥパロディよー!アレすぎるわー!流血沙汰もあるわー!逃げてー!

 

 

 

 雄叫びと共に洞窟の底が震えた。魔物のまき散らす赤黒い血、重なり合う断末魔に満ちた阿鼻叫喚の洞を、鋼鎧の男が駆け抜けていく。黒く硬い短髪をなびかせた彼は、行く手に壁のごとく押し寄せ涎を垂らしながら迫る魔物の群にもまったく怯むそぶりを見せない。

 木偶怪人が立ちはだかる。インプが飛び出す。人食い百足が襲いかかる。戦士の鋭い瞳が、彼らを映して狭められた。

 笑っている。

「甘ェってんだよッ!」

 大剣がまず小悪魔の身体を一刀に断ち切る。百足の吐いた粘着液を剣風だけで払い、数珠つなぎになったその身体の節目をバラバラに絶つ。そしてそびえ立つ泥の巨躯、木偶人形の懐へ飛び込み、過たず中心に埋められた核を砕いた。

 散らされた魔物たちの身体が、雨のように降る。その中を彼は止まることなく疾駆する。時に両手で、時に片手で操られる大剣は持ち主の意図に従順で、荒々しく奔放に舞いながら押し寄せる魔物の大波を砕いて藻屑へと変えていく。

「イワイズミー、どいて」

 戦士の背に声がかかる。イワイズミは即座に、唸らせてきたサイクロプスの拳を避けて足場とし、空中へ跳ねる。

 先鋒が一時離脱する最前線。追撃しようとした魔物達の視界に映ったのは、歯を見せて笑う盗賊の姿だった。

「≪滾れ火焔、咲けよ紅花。遮るものを染め尽くせ≫」

 両手から放たれた一対の投げナイフが、赤光をまとい一群の間をすり抜けていく。その薄い刃が魔物たちの肌をふつり、と浅く斬りつける。傷口が仄かな朱色を帯び玉のような血が溢れだしたかと思うと、カッと輝いて猛火がその全身を飲み込んだ。炎は斬りつけた魔物だけでなく空気と混乱を伝い、他の魔物へも伝染して一群を恐慌に陥れる。

「初級でもナイフに乗せれば案外イケるな。クニミがやばいって言ってたから、マジでキッツイのがもっと出てくるかと思ってたけど」

「いや、まだまだなんじゃね?」

 ハナマキが帰って来たナイフを受け止めながら話しかけると、後ろから追いついたマツカワが答えた。彼の僧服にも、返り血が点々とついている。

「だってこれ、まだ撒き餌につられた雑魚みたいなヤツばっかりだろ。大物は重役出勤してくるもんだからな」

「まあ何にしてもばっち来い、だ。我らがエースはあの通りビンビンだし」

 ハナマキが火焔呪の燃やし尽くした先を見る。空中へと逃れたイワイズミは炎の及ばぬ先へ着地し、次いで迫りくる敵を蹴散らしている。

「後ろのアイツもまだまだへばりそうにないし」

「夢の身体だからもっと弱体化してるかと思ってたけど」

 言いながらマツカワは背後を窺う。彼らに続いて焦げた地面を走る優男は、彼の視線を受け止めてにやりと不敵に笑う。

「全然元気そうだな」

「お前らに聞いてはいたけど、やべーなアイツ」

 ハナマキも彼を見てから、正面に顔を戻して事前に耳に入れていた話を思い返す。

 オイカワは技を磨くことを惜しまず、役立つ知恵も知識も余さず頭に叩き込み、かつ身に着けたそれらを戦場の土壇場で生かせる度胸もある。そして同時に冷徹なほどの観察眼をそなえており、敵味方関わらず即座にその力を分析し戦略を立て、勝利への道筋をはじき出すことにも長けているという。

 勝利に誰よりも貪欲で、その貪欲さゆえに冷静さを失わない司令塔の鑑にして、国内総合力随一の呼び声高い魔法戦士。それが、ハナマキが聞いてきたかつてのアオバ城砦衛兵部隊隊長、オイカワの姿だった。

「アイツどんだけ職業こなしてきたんだよ? 俺、あんだけ剣と魔法で攻めながら味方の補助もばっちりこなして、さらに召喚獣二体も呼び出した状態でパーティーに指示出し続けられるようなヤツ、初めて会ったぞ?」

「三年前のお前もそう言ってたよ。そんで、その後もアイツみたいなヤツには会わなかった」

 マツカワは喋りつつ、先頭で戦うイワイズミに加護をかけ直す。

「世間はアイツを、卓越したセンスを持つ華麗な魔法戦士だと思ってる。だが、実際はそれだけじゃない。アイツははっきりとは言わねえけど、俺の知ってる限りでは戦士、武道家、魔法使いに召喚士、騎士に加えて狩人の経験は積んでるっぽい」

「……俺らと同い年だよな? アイツ」

「おう。だからずっと、修業漬けだったそうだ。それも、全部本人の意思でこなしてたって」

「まっつん、前!」

 後ろからオイカワの声が飛ぶ。しかしその時には既に、マツカワの杖が唸っていた。

 矢の如く突進してきた鋼鳥を、たったの一振りで撃墜する。小型竜兵が、その爬虫類めいた口から炎を噴きだした。天井を焦がしてこちらを焼き尽くさんばかりの猛火を、身体の前に突き出した杖を回転させて防ぐ。その間にハナマキが詠唱して水を呼び出し鎮火する。炎が掻き消えた刹那を逃さず、間合いを詰めたマツカワが竜の頭部を殴りつけた。

「まっつん、本当に後衛メイン? 攻撃力高いねー」

「こんなもんだろ」

 これまた一撃で粉砕された頭部を見てオイカワが賛辞を送っても、マツカワは顔を緩ませもせず飄々と先を急ぐ。前を行くイワイズミが出目金型の魔物たちを斬り払い、黒い血をまき散らしながら振り返る。彼の頬には浅い裂傷ができていた。

「すまん、取り逃した!」

「気にすんな。お前はひたすら切り開け」

 マツカワが親指を立てる。ハナマキもその隣で親指を立てた。

「援護は任せろ」

「まっつんとマッキーも気をつけてよ?」

 オイカワが追いつきながら言い、ちらりと二人の上空を仰ぐ。洞窟のものとは異なる蒼い靄のようなものが漂っている。

「『サポーター』君たちがいるうちはまだいいけど、あんまり呪文使いすぎると消耗して歩けなくなっちゃうからね」

 靄はその言葉に反応するかのように、キラキラと瞬いた。

 オイカワが「サポーター」と勝手に名付けているそれらは、術者に取りついて術に様々な補助をしてくれる召喚獣である。蒼い靄は魔力を提供し、黄色の方は魔法の効果を重ねがけしてくれる。

「まだ行けるから大丈夫。それより、俺たち今どの辺りにいるんだ?」

 マツカワが訊ね、ハナマキがナイフを投げながら答える。

「今地下三階の真ん中あたり。イワイズミ、次今ナイフ投げた方に曲がって」

「おう」

「うわー微妙。あと四分の一刻過ぎてる。かっとばさなくちゃ」

「もうかっとばしとるわ」

 四人は軽く緩い調子で会話をしながら、先へ先へと進んでいく。共同戦線を組み始めて一刻も経っていないが、彼らはもうすっかり互いありきの戦闘に馴染んでいた。

 まず、先頭を切り開くのはイワイズミである。力も体力もある彼は、次々と己の身を求めて迫る魔物たちと長時間向き合っても、ちっとも疲れた素振りを見せなかった。ほぼ等身大の大剣のみを武器に、ガンガンと血路を開いていく。大胆な戦闘姿勢で常に死線ギリギリにいるために彼が一番傷を負っていたが、それでも勢いは衰えることを知らない。その鋭い眼光で瞬時に屠るべき敵を定め、大ぶりな業物で豪快に仕留めていく。

 そのイワイズミの身辺を守りつつ攻めの手を緩めないのが、次に続くマツカワとハナマキだ。近距離物理攻撃と道師ならではの防御技・癒術が専門のマツカワと、遠中距離魔法攻撃と盗賊ならではの補助や攻撃が専門のハナマキは相性がよく、彼らの強行軍を安定させるのに一役も二役も買っていた。イワイズミほどの力はないものの、マツカワはその機動力で、ハナマキは冷静な分析で、淡々と着実に道を拓く。

 そして最後尾につけるオイカワは、華麗なる衛兵隊長の名に恥じない活躍ぶりを見せていた。背後から追って来る敵の足止めと前三人の補助をこなしながら、前方で詰まった様子が見られれば即座に対処するなり、助言を出すなりした。行く道で新規二人の戦闘スタイルは掴んでいたので、戦いだしてからチームプレーが馴染むまでの時間は、いつもよりかからなかったように思う。

 恐ろしくしっくりくる。オイカワは道を拓く三人とその戦況を凝視しながら、つくづく感じる。イワイズミとは長い付き合いだから、それも当然だ。だが他の二人は初対面だと言うのに、どうしてこんなにも馴染むのだろう。

「イワちゃーん、いくよー!」

 前線に打撃に耐性のあるエレメント系の魔物が姿を現したのを見て取ったオイカワが叫び、逆属性の呪を放つ。そうすればその台詞を聞いて取ったイワイズミは微かに頷いて、オイカワとエレメントたちの間、死角に置いていた身体を、閃光弾が届くすれすれのところで退かした。迫る呪に気づかず避けきれなかったエレメントたちが、眩い光と共に四散する。

 イワイズミは、こうして何度も繰り返してきたことならば己の戦況から判断してオイカワの意図を正確に読み取ってくれる。

「まっつん、はい!」

「マッキー交代!」

 しかしマツカワはオイカワがいきなり魔法の合わせ技を振っても平然と合わせて決めてくれるし、魔法を頻繁に使うせいで精神力の疲労が激しくなりがちなハナマキも、一声かければすんなりオイカワと立ち位置を交換して同じように動くことができる。

 この柔軟性と安定感は、何なのだろう。まるで元の世界での衛兵部隊の戦闘のような――いや、はっきり言って後輩たちと戦うよりも、いい意味で気の抜けるパワーバランスと空気。

 歯車が合いすぎている。

「この先、まっすぐな」

 階を一つ上がって地下二階。盗賊が案内したちょうどその直後、腹の底に地響きが轟いた。

「おっ大御所来たぞ」

「やっとお出ましか」

 道師が独り言ち、戦士が額に浮いた汗を拭い大剣を担ぐ。

 背後から、魔物が追ってこなくなっていた。前方にも、まだ何も姿を現していない。

「これはちょっと面倒なのが来そうだね」

 あれだけ押し寄せていた魔物が、一様に退いた。これ即ち、美味しい餌を放っぽり出してでも避けたい嫌厭する敵がやって来るということを指す。

 どこからか、カサカサと木の葉の擦れあうのに似た音が聞こえる。それを聞いたハナマキが、合点のいった顔をする。

「あ、これあれじゃね?」

「なになに?」

「気配的に水系っぽいし、アレ。ザリガニみたいなヤツ」

「それって」

 彼とオイカワが会話していると、ちょうど機会を狙っていたかのごとく、前方の曲がりくねった三叉路から赤い頭部が覗いた。

 ハナマキの言う通り、甲殻類の頭部である。それだけでなく、全身も沢で獲れるザリガニにそっくりだ。

 しかしその大きさは、大人を縦に二人並べたより悠に大きかった。

「うわ。チュールだ」

 マツカワが不機嫌そうに眉根を寄せる。チュールと呼ばれるその巨大な甲殻類の魔物は、俗にシールドクラッシャーと呼ばれる、こちらの魔法的な防御を砕いてくることに長けた厄介な生物だった。

「関節を狙う。アイツら腹は柔らかかったよな?」

 イワイズミが剣を構えて問う。オイカワは敵を見据えつつ答える。

「確かに腹部が一番の急所だけど、そこを狙うのを知ってて押しつぶしてきたりするから気をつけて。あと、アイツらたまに呪文も撥ね返すから」

「へーい」

 ハナマキが気力の感じられない返事をする。オイカワがマツカワと彼を順に窺う。

「行けそう? 苦手な奴らだろうけど」

「ま、苦手っちゃ苦手だけど?」

「俺たちこれまで好き嫌いせず戦って来たから?」

 道師と盗賊はすっとぼけた無表情で答えて、ちらりと互いに目くばせをして口角を吊り上げた。その悪だくみする風の笑顔を見比べ、オイカワも悪魔めいた左右非対称な笑みを浮かべる。

「なになに、イイ作戦あるの?」

「お前ら全員、笑った顔がすげー悪役くさいな」

「ひどいな!」

 悪びれずしれっと言い放ったイワイズミ、彼の言葉に衝撃を受けるオイカワ、二人をマツカワとハナマキは引っ張り寄せて、小さな円を作り耳打ちをする。

「……それ、イケるかな?」

「イケる。お前の魔法の精度ならイケる」

「信じてるぜキャプテン」

「さっきまでの威勢はどうした? あ?」

「お前ら俺の扱い心得すぎだから」

 不安そうなオイカワに、敢えて彼の褒め言葉への弱さと負けず嫌いな性格を刺激する言葉を選んでかけるマツカワとハナマキとイワイズミ。オイカワはギリギリと歯を食いしばるふりをしつつ、込み上げるにやけを押さえきれない自分を呪った。

「ふんっ、いいさ。オイカワさんの凄さを、存分にその目に焼き付けるがいいさっ」

「行くぞー」

「おー」

「待って出発ゆるい! 心の準備させて!」

 マツカワが例のごとく適当に声をかけてすたこらと直進し、ハナマキがこれまた適当に渋るオイカワの背を押しながらさっさと進ませていく。イワイズミは大剣を担いで殿だ。

 真正面と左右、三方向からチュールが迫って来る。奴らは意外と足が速いのだ。せせこましく動く足を嫌そうに眺めてから、マツカワは杖を振った。

「はいっ」

 縦一列に並ぶ一行の周囲に、騎士の護身術における典型的なシールドが張られる。いくつもの壁を繋げて造った半透明の直方体に、甲殻類の飛び出した目玉が色を変える。

 三叉路の中央へ、一行は飛び込む。その周囲を寄って来たチュールたちが囲み、ガンガンと叩き始めた。彼らはシールドを壊して食べるのが大好物なのだ。

 大きなハサミで壁を叩くその様子を、オイカワが食い入るように見つめながら両手を胸の前で交差させる。伸ばした両指の間には、薄い剃刀のようなものを計八本挟んでいる。

 チャンスは一瞬。そこを逃したら、叩き潰される。オイカワの双眸が殺気を孕む。

 チュールたちは押し合いながら彼らを追い、各々叩き続ける。防御壁の隅にぴしりと亀裂が入った。オイカワの腕に力が籠る。

 ついに防御壁が瓦解した。ハサミを持ち上げたままの、その瞬間。オイカワは両腕を振るい、八本の刃を放った。狩人で培った微弱な魔力によるコントロールのもと飛ばされた刃たちは、一行を囲んでいた八体のチュールたちの関節にそれぞれ突き刺さる。

「≪輝け烈火、爆ぜろ撫子≫」

 ハナマキが詠唱する。彼の周囲に燐と輝く精霊文字が躍る。

「≪塵芥と変えてしまえ≫」

 その長い一指し指がすうと地と平行に宙を撫でた。八体のチュールに刺さった刃が精霊文字と同じ色合いに白熱し、刹那ザリガニたちは内側から砕け散った。バラバラと振る殻の残骸と白い肉塊。辺りに濃厚な磯の香りが立ち込める。その匂いを嗅いだイワイズミが呟いた。

「蟹の味噌汁食いてえな」

「ちょっとやめてくれる!? ゴリラメンタルにもほどがあるでしょ!」

 オイカワが悲鳴を上げる。マツカワは構わず周囲にまた壁を張り、頷いた。

「うん、イケるな。このまま突っ切っちまえ」

「はーい、オイカワくんまたよろしく」

「マッキーこれいくつ持ってるの? まだそんなに出てくるの?」

 ハナマキがベストの内側から先程彼が投げた薄い刃をまた取り出し、オイカワに渡す。精霊言語の彫られたそれは、術者の魔法を自身の刺さった位置で発動させる媒体だった。

 彼らの考えた作戦はこうだった。まずマツカワが周囲にわざとチュールたちの好きな防壁を張る。彼らがそれに夢中になって追いかけて叩いている隙に、先に進む。またこの間に、オイカワがハナマキ特製投げ剃刀の標準を定め、防壁が破れた瞬間に剃刀を投げてチュールたちの殻の柔らかい部分に突き刺す。そしてハナマキが閃光呪を唱え、剃刀を媒介として敵を内側から砕く。

 この作戦ならば必要以上に硬い殻に惑わされることも防壁を張りすぎることもしなくていいため、効率よく進むことができる。これを繰り返して、このうじゃうじゃと連なってくる甲殻類地獄をぬけてしまおうと予定だった。

 一行はその通りにして機械的にこれを繰り返し、実にいい能率で敵を屠りながら進んだ。案の定チュール以外の魔物の姿はなく、行く先行く先に甲殻類が詰めかけてくる。最初はどうしたものかと思わされたその光景も、順調に進めれば何と言うこともない。四人は想定していたより楽々と、地下二階を抜けることができた。

「ここ、出口があった階だよな?」

「チュールはいないっぽいね。マッキー、まずはどっちの道?」

「ちょっと待って」

 イワイズミとオイカワがあたりに目を配り、ハナマキはこめかみに指を当て、遠くへと目を凝らす。しかし次の瞬間、げ、と呟いた。

「ヤバい」

「何だよ」

「変動期来た」

 全員が、げ、と漏らした。

 変動期は精霊界の魔窟特有のものである。形が不確かな精霊界は、定期的にその輪郭を変えるのだ。

 つまり分かりやすく言うと、この階の道を含めた地形が急変してしまうのである。

「あと何分!?」

「五分!」

 時計を覗いたオイカワが悲痛に叫ぶ。イワイズミが強く地を蹴った。

「走るっきゃねえッ!」

「現時点で繋がる道案内するわ!」

 ハナマキが後に続き、全員が走り出す。周囲にはもう蜘蛛の子一匹もいない。

 そうか、変動期だから魔物がいないのか! オイカワはやっと気づくが、今はどうだっていい。とにかく、時間までにクニミが造った光の扉に辿り着かないと、文字通りこの洞窟の一部にされてしまう。

 自分たちの世界では見ることができる具体的な物質、肉体的なものが重視されるのに対して、精霊界の法則では本来ならば見えないもの、つまり霊的なものが優先される。自然の通り育ち衰えるだけのはずだった肉体でさえ、この世界にあれば霊的な力の影響により、本来ならばなるはずのない形に変化することだってざらにあるのだ。

「こんなイケメンが魚人間になるとか悲劇すぎるからっ! 絶対やだ!」

「俺はイソギンチャクのがトラウマだわ」

 幼馴染二人は昔、精霊界にうっかり長居してしまった人間が複数の魚類や貝類など別の生物と融合してしまったことを思い出し、顰め面で吐き捨てる。一方イワイズミの隣を走るハナマキは、目まぐるしく過ぎ去りながらも形を変えつつあることが明らかな景色より遠いところへ目を凝らして、ぶつぶつと呟いている。

「こっちの道のが速い? いやでもあっちが、あっやべ閉じた。あっち繋がった。そっちなら、いやこのまま……?」

「ある程度の変形ならシールドでちょっとだけ留められるかも」

「よっし頼んだマツカワ。こっち!」

 ハナマキが左手側に曲がる。すぐ先の道が、溶けた硝子のように曲がって閉じようとしていた。そこへマツカワが防壁を横にぶち込み、空間を無理矢理保たせて狭い隙間を通り抜ける。殿のオイカワが抜けたところで、防壁は変形する黒い壁に飲まれていった。

 走り抜ける彼らの周辺で、次々と道が閉じては開く。先程まで通って来た道が一瞬で落ちくぼんだ穴になり、通ろうとした道がせり上がってきた壁に変わってしまうこともあった。隣の道をうろうろしていたスライム――ゲル状の目鼻のない魔物――が、這い上がろうとした壁に取り込まれたのを偶然見てしまった時は、さすがのオイカワの背筋も冷えた。

 ハナマキは冷静に道を選び、進んでいく。しまいには一言も喋らなくなった彼だったが、最後の曲がり角を曲がり右手を見て、口角を僅かに吊り上げた。

「着いた」

「ナイスナビ!」

 三十メートルほど先に、来る時に飛び込んだのと同じ光の渦が漂っていた。これならば行ける。確信してそちらへ突進する一同。

 しかし、足場がぐにゃりと歪む気配がした。

「あ」

 誰が声を発したのかは分からない。だが全員、変化した正面の光景に言葉を失った。

 折角出口に通じる一本道、その中央が、急速に降りてくる天井と地面に閉ざされていく。

 マツカワは思案した。シールドは入るか? いや、もう差し込めない。

 ハナマキは愕然とした。もうここ以外、出口に通じる道はない。

 イワイズミは大剣を構えた。こちらの魂が変化することにはなっても、物理でぶっ壊すことはできないだろうか。

 オイカワは――

「俺が拓くッ!!」

 吼えた。大気を震わせる声に、仲間たちが振り返りながら左右に割れる。

 オイカワは左手を突き出し、右手を大きく引いていた。両手に灼光が集う。左手側は縦に伸び、右手側はその気配を大きくして、左手側へと棒状に伸びる。光輝く楔のごとき弓矢が、輪郭を露わにした。

 空間が張りつめる。耳鳴りがする。瞬きする間もなく仕上がった灼熱の矢は、放たれた途端じゅ、と音を立てて空気を焼いた。凝縮された高エネルギーの弾が、閉ざされつつあった行く手を穿ち銀の火花を散らした。

 道は拓かれた。四人は高熱で歪む足下を蹴りつけ、淡く揺らめく光の渦へと弾丸のごとく飛び込む。視界が回る。白くなる。光が溢れる。目が灼ける。……

 

 

 

 瞼の感覚が戻ってきた。ややあって、頬を撫でる爽やかな風を感じた。

 オイカワはおそるおそる瞼を持ち上げる。

 視界に飛び込んできたのは、白雲たなびく碧空と石壁、そして緑豊かなアオバ市役所の中庭の景色だった。

「いった……」

「重……」

「俺の台詞だボゲ。全員さっさと降りろッ!」

 オイカワは目を丸くする。気付けば、彼らは東屋でひとかたまりに重なっていた。オイカワの下にハナマキ、その下にマツカワ、そして一番下で最も苦しそうな声をあげているのはイワイズミである。

「あーあー。大丈夫ですか」

 重なり合ってもがく彼らに、一つの影が落ちた。占星術師が、例の冷めた眼差しで彼らを見下ろしている。

「クニミちゃん」

「ギリギリでしたね」

 おかえりなさい、とクニミが呟いた。

 ――おかえりなさい。

 その言葉は、特に感情をあからさまに込めているわけでもないのに、オイカワの胸に小さな波紋を広げた。

 何故なのだろう。別にたったの一時魔窟に籠っていただけで、さらにここはオイカワの家でもないはずなのに。

 ひどく、その一言が嬉しかった。

「……ただいま」

「ああーーーッ!?」

 絶叫、と称していいのだろうか。動揺が駄々漏れになった叫び声が聞こえた。

 視線を移すと、エントランスフロアへ通じる扉を警護するキンダイチとキョウタニが、目を丸くしてこちらを見つめていた。キンダイチが口をパクパクさせているところを見ると、先程の叫び声はどうやら彼のものだったらしい。

「おっオオオオオオッ? イッ、イバッ」

「あはは、キンダイチ言葉になってないよ」

「キンダイチ、頼む引っ張ってくれ。百八十越えの男三人に乗っかられて限界だ」

「えーキンダイチ、俺のことは呼んでくれないの?」

「バ、バナッ……」

 オイカワ、イワイズミ、ハナマキのそれぞれの言葉に応じようとしたキンダイチは盾を取り落してあたふたと寄って来るも、近くで重なった先輩四人をまじまじと眺めるなり、その両目から滂沱の涙を流してうずくまってしまった。

 オイカワは嗚咽を漏らしている後輩を、唖然と見下ろす。何故こんなにも感極まっているのだろう。少し考えて、気付いた。そうだ。こちらの自分たちは、一年前から行方知れずだからだ。

「うううううーばっ、ばんでーびっ……う゛っううー」

「キンダイチ、落ち着いて喋れ。ボンデージと言おうとしているようにしか思えない」

 マツカワの冷静なツッコミに、イワイズミ以外が噴きだす。それを聞いたキンダイチはただでさえも涙で腫れた顔をさらに真っ赤にして否定しようとするのだが、やはりそれも「あばばば」としか聞こえず、クニミのツボを刺激することになっただけだった。

「剪定の時間だよっと――ん? ああーーーッ!?」

 そこへ、エントランスの扉が開いて麦わら帽子を被った猫毛の青年がやって来た。オイカワは自分達を見てやはり絶叫する彼を見て、にへらと笑う。

「ひっさしぶり、ユダっち」

「トッ、タッ、イっ?」

 ユダは積み重なった同級生を見て、目玉を落としそうになっている。誰を呼んだものか、そもそも何でこんなことになっているのか。そういった彼の逡巡は、人間小山の土台になっている青年をその真ん丸になった瞳に映した刹那、崩壊した。

「ハッ、ハジっ……メ゛アアアア!!」

「あああ何で乗るんだお前がッ! お前まで乗ってどうすんだ!」

「ユダ何言って――アアア!?」

「落ちつけユ――アアア!?」

 同級生の山に突撃のち合体したユダは、そのハジメの言葉の意味を取る余裕などなく、溢れる涙と鼻水をオイカワの鎧になすりつけている。その光景を後から中庭に入って来た同じく同級生、シドとサワウチが目撃してやはり叫ぶ。

 泣き声が加わって、デュエットからカルテットに変化する。さらにその騒ぎを聞きつけたヤハバとワタリが飛び込んできて、ヤハバが「オッオイカワザアアア」と慟哭し始めた結果、泣き声は見事クインテットへと昇格した。

 ああ。俺たちの姿、ちゃんと皆に見えてるんだ。騒々しいクインテットに耳を傾けながら、オイカワは今更ながら実感する。しかも、こんなにもみんな喜んでくれている。みんなどれだけ、俺たちのことを心配してくれたのだろう。俺は、どれだけこの人達に愛されていたのだろう。

 親しい人達が自分のために嬉し涙を流してくれるのは、嬉しくも気まずくも恥ずかしくもある。だがオイカワはそれ以上に、彼らの流す涙と自分の内面に温度差があることを感じとっていた。

 自分は、彼らの求めるオイカワトオルではない。彼らもまた、自分の知る仲間たちとは違う。姿形こそまったく同じだが、ほとんど他人と言っても過言ではないのだ。

 それでも抱いてしまうこの感情は、どういうことなのだろうか。自分は、どうしたらいいのだろう。オイカワは目の前の仲間たちに微笑みながら、これからのことに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

「本当に、いいんだな?」

 マツカワの言葉に、オイカワとイワイズミは頷いた。

 夢見の洞窟に潜ってから三日が経った。オイカワとイワイズミは、以前イワイズミが言ったように、もとの世界へ帰る手がかりを探しながら、この世界の手助けをすることを決めた。

 装備を整え、武器を手入れし、必要な荷物をそろえて、世話になったアオバ城砦役所前に立っている。旅立つのはもちろん、二人だけではない。マツカワとハナマキも一緒だった。

「万が一この世界のアオバが魔王によってどうにかなることがあったら、俺たちの方のアオバにも影響が出ちゃうかもしれないし」

「俺たちに協力できることはやらせてもらう」

 幼馴染コンビの言葉に、ありがとうとマツカワは微笑んだ。

「とりあえず、これから魔王と対面するために必要な道具を作りにいくことになる。ある程度の戦いは避けられないだろうが、武器と装備は大丈夫か?」

「大丈夫。おやつまで持たせてもらったから」

「遠足かよ」

 ハナマキはオイカワに言ってから、役所前に並ぶ一同の顔を見て肩を竦めた。

「それにしては、見送る顔が辛気臭いけどな」

 オイカワもつられて、居並ぶ面々を眺めた。

 アオバ城砦衛兵部隊三年生全員と、精鋭の一二年生。彼らの真摯な、いっそ追い詰められていると見えるほどの表情を見つめ、オイカワは考える。

 ちょっと旅立つ者、それも本来彼らが知っているのとは別人である自分たちを見送るにしては、切羽詰まりすぎていやしないか。まるで、自分たちがもう二度と帰って来ないのではないかと危惧しているような様相だ。

 何故? 魔王はそこまでに危険な存在だからだろうか。

「オイカワさん、イワイズミさん、ハナマキさん」

 ヤハバが一歩前に進み出た。

「正直皆さんはこの世界での記憶がないから、色々ピンと来ないことばっかりだろうと思います。俺たちのことだって、あんまり親しみ湧かないだろうなって」

 オイカワが口を開こうとする。しかしヤハバは、首を横に振ってそれを止めた。

「無理ないです。いいんです、それでも。俺たちもいつまでも先輩に頼ってるわけにはいかないし、先輩方には先輩方の人生があるんだから、幸せになってほしいです。本当にそう思ってます」

 でも、とヤハバは言葉を切る。いま一度の沈黙。それから、堰切ったように語りだした。

「でも俺たち、また先輩方に会いたいです。先輩方の戦う姿を、もう一度見たい。一度と言わず、何度だって。だってまだ教われてないことがたくさん、たくさんあったし、俺っ」

「ヤハバ」

 ワタリに制されて、ヤハバはひゅ、と息を飲んで言葉を止めた。アーモンド形の瞳の縁が潤んでいる。

 すいません、とヤハバは小さく言って俯いた。唇を噛み締めて、意を決したように顔を上げる。

「だから、たまには遊びに来てください。そして、もしもとの姿に戻ることがあったら……一度でいいから、ここに、アオバ城砦に帰ってきてくれませんか?」

 オイカワは、後輩の甘い顔立ちを凝視する。陽気な言動が多く笑顔でいることが多い彼のこういう顔を、久しぶりに見た。

 ヤハバが頭を下げる。

「期待はしません。でも、待たせてください」

「俺は期待するっ!」

 次いでそう声を上げたのは、ユダだった。

「なあ頼むよ、絶対、絶対帰って来てくれよ! このままじゃ、俺絶対やだ。やなもんはやだからな!」

「ユダ」

「また言ってるコトおかしいぞ」

 シドとサワウチがまた泣きそうになっている彼を、両側から取り押さえた。おかしくない! と首をぶんぶん振るユダを苦笑して、こちらを見つめて頷く。

 と、イワイズミが進み出た。

「俺は帰って来る」

 そう告げて、ヤハバとユダの頭をむんずと掴むと乱暴にかき混ぜる。それを見て笑いを漏らしたハナマキも、軽やかに言う。

「俺は多分、ほぼ間違いなく帰って来るよ。ここ以外に行くあてもねえし」

「俺、は」

 オイカワは言いかけて、言葉を区切った。胸中に、形にできないほどに膨れ上がった思いが駆け巡る。

 幼い頃から、勇者になりたかった。強くなりたくて、戦士になった。防衛軍に入るために養成学校に入って、様々な職の技術を学んで、衛兵部隊に選ばれて。

 そんな自分の人生は、夢だったのだという。まだ見ぬ己の肉体もこの世界にあると聞いた。

 未だ信じられない。何を信じていいのか分からない。

 それでも強くなりたいという思いと、この自分の仲間によく似た仲間たちを助けたいと願う気持ちは、偽りではないと信じたかった。

「待ってて」

 オイカワは笑った。

 

 行く先の知れぬ旅が、始まる。

 

 

 

 

(1話 終)

 

 

長かった(こなみかん)