HQでⅥパロ-1話⑦

※HQのDQⅥパロっていうアレなヤツ。十四歳的なアレとかアレとか注意。

 

 

 

 

 

 精霊界のダンジョンに入るのは初めてではない。だがそれはあくまで、自分たちの世界でのこと。夢見の洞窟は完全なる未知の世界。そう覚悟して、オイカワは踏み込んだ魔窟を見回した。

 やや青みを帯びた黒い岩肌が、彼らを囲んでいる。松明などの照明器具が取り付けられていないにも関わらずほのかに明るいため、行く手に伸びる一本道が、大分遠方で二股に分かれているところまで明瞭に見て取れる。

「ここは明るいな。松明の心配がなくていいわ」

「そうだね。いかにも魔窟って感じだよ。綺麗で神秘的で、どことなく不気味で」

 オイカワは岩壁に手を翳す。硬い岩の向こう、内側に魔力の流れを感じる。それに合わせて、壁自体も青白く発光しているようだ。凝視すれば、岩を伝う燐光が魔力の流れに合わせて細波のごとく明暗を変えている。

 水を吸い上げる植物、または血管を流れる血液のようだ。オイカワが手を離す。

「うわっ!」

 後ろで叫び声。ゴッと鈍い音。首を回すと、ハナマキが驚いた顔で足下に沈んでいく出目金じみた魔物を見下ろしていた。隣のマツカワが杖を構えた状態でいるところから察するに、彼が撃退してくれたようだ。

「さっそくのお出ましだったな」

「あーびっくりした。いきなり壁から出てくるんだもん」

「たまにこーゆーのがいるんだよ」

 ハナマキと話しながら、マツカワは杖をまた片手で持ち直す。先程の杖の構え方、このこなれた表情から察するに、肉弾戦初心者ではないなとオイカワは察する。さらに言えば、僧侶としてだけの修業を積んできた者の佇まいとも思えない。

「まっつん、打撃職の経験があるね? それも一つだけじゃない。武道家と、それから戦士か騎士あたり」

 やったことあるデショ? と尋ねれば、マツカワは吊りがちの双眸を僅かに開いた。

「確かに、騎士と武道家として修業したことならあるけど。ハナマキに聞いたのか?」

「いや。前からそうかなって思ってたんだけど、今の動き見て確信した」

 そもそも、純然たる僧侶にしては聖職者らしからぬ貫禄があると思っていたのだ。決してオイカワと同い年らしからぬ顔立ちや体格の良さのせいだけではない。無意識に身に沁みついた動作、習慣が彼をそのように見せているのだと、昨日から観察しながら考えていた。

「今は道師メインって感じかな?」

 ゆったりとした僧服は戦に不慣れな僧侶が身に着ける安物ではなく、くたびれてこそいるが、加護の魔法の織り込まれた良い品だ。気張らない様子の姿勢にしても、重心は安定している。杖を操るちょっとした手付きだって、見る者が見れば分かる熟練した武道家のそれだ。

 そうなれば、予想される彼の戦闘スタイルは一つしかない。森羅万象に学び己の肉体と精神を鍛え上げる格闘と癒術の専門家、通称「道師」である。

 オイカワの指摘に、マツカワはゆるゆると溜め息を吐いて首を横に振る。

「お前気持ち悪いな」

「ねえ、俺褒められて伸びるタイプだからもうちょっと褒めて」

「お前他人のことよく見えすぎてて気持ち悪いな」

「ありがとう」

「それでいいのかよ」

 彼らの会話を聞いていたハナマキが愉快そうにツッコミを入れる。オイカワは次に彼の方を向いた。

「マッキーは、盗賊だけど魔法使い? 魔導士でも召喚術士でもなくて、自分で精霊の力を使えるれっきとした魔法使い。違う?」

「そ。俺、何でか知らないけど魔法使えるんだよね」

 ハナマキが白い歯を見せる。

 これも、よく見て考えれば分かる話だ。昨日彼はアオバの樹海において、空が見えないにも関わらず日没を知らせてみせた。さらに会話からも、彼は魔法か魔術についての知識をある程度備えていることは明確で、更に盗賊と兼ね合いの良い魔法魔術職と言えば、魔法使いが一番である。

 オイカワも、彼同様に笑みを浮かべる。

「じゃあ、ここの進み方も探れる?」

「任せとけよ」

 ハナマキが親指を立てた。

 盗賊はダンジョン探索の専門家だ。風の精霊の加護を受けやすく感覚が鋭いために、未踏の地でもその術を用いて進むべき道を示してくれる。おまけに器用で肉弾戦も魔法戦もこなせるから、この職の者がいてくれると随分心強い。

「いいね、パーティーバランスいい感じだね! これなら前途洋々だよ!」

「いいから行くぞ、グズカワ」

 イワイズミが先へと伸びる一本道へと歩を進めながら、幼馴染を睨む。

「時間制限があるんだからな。時計、見るの忘れんじゃねーぞ」

「分かってるよ」

 オイカワは唇を尖らせ、彼の後に続こうとしてマツカワとハナマキを窺った。片手でイワイズミの方を示す。

「二人とも、先に歩いてくれる? イワちゃんが先頭で次がまっつん、マッキー、俺っていう順番がいいと思うんだ。で、まっつんは」

「シールドだろ?」

 マツカワは応じ、全員の周囲に防壁を張り巡らせる。だがその防壁は、透き通った平面を周囲に築き上げるキンダイチのものとは、少々趣が違う。萌黄色の煌めきが春風のごとく吹き抜け、一人一人を優しく包み込み消える。しかし不可視であろうとも、己の身辺を何かが守っている気配が感じられる。

 道師のみが会得できる技『精霊の加護』である。攻撃を防いでくれるのはもちろん、魔法や魔術の威力も弱めてくれる優れ技だ。

「俺当分ナビ専門でよろしくな。後ろは任せた」

「うん、オッケー」

 ハナマキは手を振って前に出る。すぐさまこめかみに人差し指を当て集中しだした彼の後ろに、オイカワがついた。

 パーティーを組むのは初めてのはずなのに、彼らとの共同戦線は妙にしっくりときた。魔物が襲い掛かってきても、まずマツカワのシールドで大抵弾かれ、そのひるんだところをイワイズミかオイカワが片づけるだけで済んだ。ハナマキの道案内も正確で淀みない。洞窟は地下五階にまで及ぶ広さだったが、時計の針が四分一を少々回ったあたりで最下層に到着できたほどに、良い効率で進めていた。

 様子が変わり始めたのは、最下層を半ばまで進んだ頃である。曲がり角を折れたところで、魔物に出くわした。斬りつけようとしたイワイズミを、マツカワが制する。

「待て、何かおかしい」

「何って――」

 何だと続けようとしたイワイズミは眼前に現れた魔物を睨んで、はっと息を飲んだ。

 熊の身体に鳥類の頭がついた、異形の魔物――熊鳥と呼ばれる種が一体、佇んでいる。だが熊鳥はこれまでに何度も見かけている。イワイズミが驚いたのはその容姿ではなく、顔つきだった。

 飛び出した目玉は、完全に白目を剥いていた。顔を天井に向け、だらしなく半開きになった嘴の端から、ぽたぽたと涎を垂らしている。

「な、何だコイツ」

「全然こっちが見えてないね」

 イワイズミが気味悪そうに魔物を凝視し、オイカワが最後尾から前へと出てきて様子を窺う。

「何ていうか、アレっぽいよね。ヤバい薬キメちゃってる人」

「あー。確かにぽいわ」

 オイカワとイワイズミは、立ち尽くしたまま動かない魔物を眺めつつ会話する。その後ろから魔物を真剣な表情で見つめつつ、マツカワがハナマキに低く問いかける。

「なあハナマキさんや」

「何だいマツカワさん」

「マツカワさん、前にこの洞窟についてクニミから話を聞いた時に、最深部に行くと魔物が何ちゃらって話を聞いた気がするんですよ」

「おっ、気が合うね。ハナマキさんもですよ」

「何ちゃら部分って、どんな話でしたっけ?」

「運命だね。俺もそれをお前に聞こうと思ってた」

 パァン!

 突然鳴った張りのいい音に驚いた幼馴染コンビが振り返ると、マツカワとハナマキが真顔のままハイタッチをしていた。イワイズミが呆れて尋ねる。

「何してんだ、お前ら」

「いや、ちょっと義兄弟の契りを結んでて」

 ハナマキが答える。オイカワが訝し気に首を傾げた。

「このタイミングで?」

「このタイミングだからこそだよ。なあハナマキ?」

「おう。これからもズッ友でいようぜマイラバー」

「今も明日も共に生きような、マイラバーズッ友」

「表情も言ってることも滅茶苦茶だけど、頭大丈夫?」

 変わらぬ無表情で指切りをする二人を、イワイズミとオイカワはわけがわからんという眼差しで見つめた。

 結局「触らぬ神に祟りなし」の方針で、一行は妙な魔物を放って先に進むことにする。引き続きハナマキの指示のもと洞窟を進んでいくが、奇怪な光景は終わらない。むしろ彼らが進むにつれて、あの熊鳥と似た状態の魔物が一匹、また一匹と増えていく。立ち尽くし、焦点の合わない瞳で地を眺める魔物。壁に背中を投げかけて、あらぬところを見つめている魔物。寝転がって死んだように動かない魔物。

 心ここにあらずといった風情の魔物たちがここかしこに並ぶ景色は、まるで使わなくなった玩具で溢れた子供部屋のようだった。

「やだな。キメちゃってる人がごろごろしてる、イケナイ場所に迷い込んだ気分」

「アレだろ、ウン世紀のどこぞの貧民街みてぇな」

「そうそう。それ」

 幼馴染コンビの呑気な話し声が響いても、魔物たちはぴくりともしない。

 やがて黒岩でゴツゴツと覆われてばかりだった目の前が、急に開けた。役所の中庭ほどもある円形の空間に、四人は足を踏み入れる。

「これが夢見の泉か?」

 イワイズミが眼下を見据える。宝石のような輝きという喩えがまさに似合う、青く澄み渡る泉が広がっていた。水自体に不思議な力があるのか、水面下がおのずから発光している。そのシアンの煌めきが洞窟全体に漂う燐光のごとき明るさと同じであることに、オイカワは気付く。

「みたいだね」

 物が落ちる音がした。その方を見やれば、マツカワが膝から崩れ落ちている。

「マツカワ?」

 ハナマキが彼の隣にしゃがみ込み、顔を覗き込む。俯いていたマツカワが、僅かに顔を上げた。気怠そうな笑みを形どった双眸の底に、泉の燐光が揺らめいている。

「ごめん、ちょっと疲れたっぽい」

 気にしないで浸かっちゃって、とマツカワは泉を指さす。オイカワは胸元の時計を確認する。まだ半刻より少し前だが、悠長なことはやっていられない。

「悪いな、ちょっと待っててくれ」

 イワイズミが声をかけてから、実体のないらしい三人組はそろって泉の淵に佇む。

「水に浸ればいいのかな?」

「どのくらい? 全身?」

「とりあえず入ってみりゃいいだろ」

 底は明るく、浅そうであると判断した三人は一歩踏み出す。

 途端、三人とも吸い込まれるように掻き消えた。

 

 

 

 

 

(続く)

 

拍手ありがとうございます。私の半分は皆さんをはじめとした周囲の方の優しさでできてると思います。

何でこんなに長いんですかね。日曜日までに仕上がるといいですね。