HQでⅥパロ-1話⑤

※HQでDQⅥパロっていうアレなヤツ。

 

 

 

 

 翌朝。オイカワとイワイズミは朝食と支度を済ませて早々、言われた通り連れ出された。

 昇りたての太陽のおかげなのか。空気は洗いたてのように清く、青天井を泳ぐ雲は悠々として心地よさそうである。だが蔦に覆われたアオバの街並みは、明るい陽射しのもとにその悲愴な姿を暴かれ、より濃く暗い影を地へと落としていた。

 まるで、廃墟みたいだ。荒れた街並みに挟まれる長くゆるやかな坂道をのぼりながら、オイカワは考えた。昨日は予期せぬ出来事の連続で消耗してしまったが、一晩寝てもまだもとの世界へ帰れていなければ、いい加減腹も括れてくるというものだ。荒廃した故郷の姿に胸が痛まないかと聞かれれば、嘘になるけれど。

「街と森がこうなっちまったのは、そもそもは戦争が長引いたせいだったんだ」

 マツカワは依然として先頭を歩きながら、淡々とこの世界の現状を語る。考えていることの分かりづらい男ではあるが、この話をすることに積極的ではないらしいことくらいは、昨日日没よりやや早いにも関わらず話を切り上げたことから察せられる。

 それでもオイカワが回復すれば、こうしてまた説明を始めるのだ。彼にとって、この世界におけるオイカワとイワイズミとはどんな存在だったのだろう。

「ウチはよそから攻め入られた時、伝統的に森とか地形を利用して追い返すだろ? 特にアオバの森はその作戦の中心で、どうしても戦地になってたわけだ。それを森自体も感じ取ってたのか、だんだん自分を守ろうとするかのように、深く暗くなっていった」

 ああ、その伝統は自分の世界とも同じだ。攻め入ってきたものは――主に知能の低い魔物ばかりだったけれど――森で惑わして野に帰すのだ。オイカワも幻術魔法くらいは使えるからよくやったし、占星術師であるクニミの時空魔術も活躍していた。

「街も、最近じゃあ手が回らなくてな。防衛軍と衛兵部隊以外に一般市民も戦闘に参加するようになったから、修理や手入れができなかった。当然、物資も足りなかったし」

「衛兵部隊も?」

 オイカワは思わず声を上げた。

「そう。ここ十年くらいのヤマトでは、それが普通になってる。人も魔族も関係ない、戦国時代だからな。アオバ城砦の衛兵部隊は特にメンバー集めに力を入れていたから、当然有力な戦力として見なされていた。アオバ衛兵部隊は昔から実力派として捉えられていたけど、特に近頃は歴代でも最高レベルの強豪として知られてたよ――うん、そうなったきっかけは、お前らが入隊したことだった」

 そう語るマツカワの眼差しは、間違いなくオイカワとイワイズミを捉えていた。二人は互いを窺う。夢の世界でもそれなりに知られてはいたが、この世界でのそのような記憶はまったくない。

「お前らは覚えてないだろうが、俺たちは衛兵部隊の同期だったんだ。上の先輩たちが防衛軍入りして、オイカワが隊長、イワイズミが副隊長になってから、数えきれないほど一緒に戦場に出てきた」

 マツカワの言葉に、ハナマキがそうなんだってさと軽く合わせる。

「二人とも、アオバの衛兵部隊に?」

「ああ。そっちの世界には、俺たちはいなかっただろうけどな」

 あとは他に、とマツカワが指を折って衛兵部隊の同期メンバーだったという名前を挙げていく。ユダ、シド、サワウチ。どれも、自分たちの世界でも衛兵部隊の仲間として親しんでいた名前だった。

「ま、俺らはこっちの世界にいたから、そっちの世界にいなくて当然だわ。な?」

「な」

 マツカワが振って、ハナマキが頷く。オイカワは昨日から疑問に思っていたことを思い出した。

「あの、マツ――」

 カワ、と呼ぼうとしたが、呼びづらさにどもってしまった。いつも通り、何かあだなをつけよう。マツカワちゃんは言いづらい。マツカワくん。マツくん。

「まっつんは、いつからこの世界にいたの?」

 するりと口に合うあだなを採用したところ、マツカワは仰天してオイカワを見下ろした。ポーカーフェイスの彼がこれまでになく驚いたので、オイカワも目を瞠ってしまう。

「え、嫌だった?」

「いや、そういうわけじゃない」

 それで呼んでくれとマツカワは言い、やや考え込む仕草を見せてから問いに答えた。

「十一ヶ月くらいかな。俺の夢はあんまりしっかりしてなかったんだか、もう叶ったかしてたみたいで、現実での魔王戦前後の記憶がない以外は、今と大して変わらなかったんだよな。そしたら現実世界にある肉体に呼ばれて、呼ばれるままに大穴に落ちて、気付いたら合体しててこの通りだ」

「へえ、魂がない肉体って動けるのか?」

 イワイズミが訊ねる。そう言えば、自分たち四人は魔王によって肉体と魂を分けられたという話だったか。

「いや、動けねえ。俺の身体も石みたいになってたんだそうだ。ただその石化した俺の身体がアオバ城砦の森の中に倒れてたんで、衛兵部隊の奴らが回収して、精神を通じて魂の方を呼び寄せてくれたらしい」

「精神は肉体と魂を繋ぐ糸みたいなもんだからね。曖昧で形が変わりやすい魂だと肉体の呼び寄せはできないから、肉体の方が先に見つかったのは運が良かったな」

 ハナマキが言う。盗賊のような見た目をしているが、意外にも魔法に詳しいようだ。

 オイカワが見つめていることに気づいた彼は、何を思ったか己を親指で指した。

「俺のことは、マッキーでいいらしいよ?」

「あ、うん」

 自分のあだななのに、まるで他人から伝え聞いたような言い方をする。

 少々戸惑いながらも「マッキーはいつからこの世界にいたの」と尋ねると、彼はへらっと笑った。

「それが、分からねえんだ」

「へ?」

「気付いたらこの世界にいた。自分が何でこの世界にいたのかも、何をしてたのかもまったく思い出せねえ。誰とも話できねえからあっちへふらふら、こっちへふらふらってして、やっとマツカワに拾ってもらえたのが半年前。それまで自分の名前と、身についた技しか思い出せなかった」

 あっさり言うハナマキに、オイカワはどう言葉をかけたらいいものか分からなくなる。

 自分やイワイズミの場合、己が夢幻の身であることを知らされて、これまで自分たちのれっきとした人生だと思っていたものが幻だったという事実を受け入れがたいという葛藤を覚えた。だが、ハナマキのこれもなかなかにキツいだろう。自分のことをまったく思い出せない上に他人と交流することすらできない状態で、長いことたった一人だったというのは、孤独に過ぎる。

「だからよー、ここに来てからマツカワとか俺のことが見える元後輩の奴らに話聞きまくって思い出そうとしたんだけど、全っ然ダメ。その代わりお前らの知識ばっかり増えちまって」

 しかし当のハナマキは飄々として、何食わぬ顔で腕を組んでいる。イワイズミが怪訝な表情をした。

「俺らの知識って何だよ」

「戦いの前はオイカワが手足をぷらぷらしだすとか」

「あ、それ本当に俺やってる」

「イワイズミが腕相撲強すぎて誰も勝てないだとか」

「確かに俺も負けたことねーわ」

「オイカワの座右の銘が『叩くなら折れるまで』で、その方針を貫いて、攻めてきた敵はほとんどメンタルブレイクだけで返り討ちにしただとか」

「こっちの俺もソレなんだ……」

「急に重くなったな」

「おかげで意思疎通のできない魔物は一年でトーキョータワーの高さより殺したけど、そうでない魔族や人間は一人として殺さなかったとか」

「それ、褒められたコトじゃないと思うけど」

「いーや、そんなことはねえよ」

 素直に喜べないオイカワに、マツカワが励ますように言い聞かせる。

「平和なお前らの世界の感覚じゃ分からねえだろうけどな。この世界で敵の命を奪わずに戦意喪失させられるのは、本当に実力がないとできないことなんだぞ。お前のえげつない戦法のおかげで、敵を必要以上に殺すことがなったし、おまけに無駄な戦をふっかけられる回数もぐんと減った。少なくとも、味方からは十分感謝されてたよ。マジでえげつなかったけどな」

「『えげつない』二回言う必要あった? 全然嬉しくないんだけど」

 トーキョータワーの高さとか、見たことないけど高すぎじゃん。

 しょんぼりと頭を垂れるオイカワ。夢の世界でも精神攻撃を重視する傾向はあって、よくえげつないとは言われていたが、あくまでそれは命を削り合わない試合でのこと。現実に実戦でそう称されていたと聞くと、複雑な気持ちになる。

   オイカワの肩を、俺も共犯だから忘れるなとイワイズミが叩く。その温もりがやけに優しくて、涙が出そうになった。

「あ。マツカワぁ、もう待ってるよ」

 ハナマキが前方を指さす。見れば、緩く長かった坂道の終わりに、立派な屋敷がそびえ立っていた。あれは、オイカワにも見覚えがある。

「アオバ城砦市役所?」

「って、おい。アイツ」

 イワイズミが、ハナマキの指した人影を見て目を丸くする。役所の前に佇むローブが一つ。同様にその影を認めたオイカワも、大仰に口を開けた。

「くっ、クニミちゃん!?」

「クニミ?」

 突然名を呼ばれたことに驚いたのだろうか。ローブの人物も彼ら二人を見て瞠目したようだったが、すぐに仏頂面に戻って呟いた。

「……オイカワさん、イワイズミさん」

 ご無沙汰です、とクニミが会釈する。夜空色に染まったローブをまとったその人物は、オイカワとイワイズミが大穴に落ちる寸前まで一緒にいた後輩、クニミに間違いなかった。額の真ん中で分けられた癖のない黒髪、眠そうな瞳も覇気のない佇まいもそのままだ。いや、でもちょっといつもより疲れているみたいだと、彼の平時以上に光を映さない双眸を確認して、オイカワは思った。

「残念ながら俺は、今のお二人が知ってる俺とは別人――というか俺の方が本体なんですけど。それはもう聞きました?」

「うん。クニミちゃんもいるとは知らなかったけど、うん」

 やはり、自分が大穴に落ちる寸前まで共に行動していた後輩とは別人らしい。確かに、この現実の世界のクニミは、夢のクニミよりどこか張りつめているように感じられた。

 これが現実のクニミちゃんか。オイカワは彼をさらに観察しようとして、気付く。

「クニミちゃん、俺たちのこと見えてるの?」

「はい」

 クニミは頷いた。大ぶりな瞳が、ハナマキとマツカワにも視線を移す。本当に見えているらしい。

「霊体の人って基本的に目視できないんですけど、同じように魂だけの人や魂だけだったことがある人以外にも、見られるヤツがいるんですよ。マツカワさんたちから聞いてませんか?」

「いや、全然」

 眠そうな双眸が、じとりとマツカワとハナマキをねめつける。二人は、そろって悪戯好きの子供めいた笑みを浮かべた。マツカワがいけしゃあしゃあと言う。

「こいつらが相手なら、クニミもちょっと話すだろうと思って」

「ってことは、洞窟に魔物が出るだろうことも話してませんね?」

「俺はゆうべ伝えといたぞ。イワイズミにはな」

「えっそうなのイワちゃん! イワちゃん!?」

「うるせえ」

 イワイズミはぴしゃりとはねつけた。そっけなくされて、オイカワはあからさまに落ち込む。

 クニミは溜め息を吐いた。

「そんな気がしてたから、別にいいですけど。じゃあ、ちょっと洞窟に行くまでの時間でお話ししておきます」

 夜空のローブが翻る。観音開きのドアを開けるその背に、オイカワたちはついていく。

 役所の中は、外と同様に深閑としていた。広いエントランスフロアには、自分たち以外には床に敷かれた深緑の絨毯と大階段、天井につるされたシャンデリア以外、何もいない。

「あなたたちを見ることができるのは、精霊界が見える者です」

 クニミの声が、生クリーム色をした漆喰の壁に虚ろに反響する。

 精霊界というのは、この目に見える世界に重なって存在する不可視の世界、つまり、万物を司る八百万の精霊たちが住まう霊的世界のことだ。人や地域によっては、妖精界、魔界などと呼ぶこともある。

 彼らの世界と自分たちの世界とは密接に結びついており、特に魔法職の者は、彼らの恩恵なしには術を使うことさえままならない。

「具体的に言うならば、もともとはあちらの住人だった魔族、それから精霊界を視る目を持つ、俺みたいな占星術師ですね。だから俺は、オイカワさんもイワイズミさんもハナマキさんも見えます」

「あ、やっぱりこっちのクニミちゃんも、占星術師なんだね」

 オイカワがそう言うと、後輩は不思議そうな顔をした。

「こっちのって、まさか夢の世界の俺って占星術師なんですか?」

「うん。今のクニミちゃんとほとんど変わらないよ?」

「うわ。俺の夢のくせに、夢ねえな」

 クニミは眉根を寄せて、毒づいた。その忌々しそうな様子に、オイカワはきょとんとする。一方、ハナマキはニヤニヤとして彼の肩に手を置いた。

「お前らしいんじゃねえの?」

「全然らしくないですよ。俺、白魔導士とか、そういうのになりたいと思ってたのに」

「クニミちゃんが占星術師やってくれてるおかげで、俺たちすごく助かってたよ?」

 こちらの世界の占星術師事情は、あちらの世界と少し違うのだろうか。

 オイカワが後輩の顔を覗き込むと、彼はつと目を見開いた。それからすぐに苦虫を噛み潰したように顔を歪めて伏せ、至近距離でも聞き取れないほどの小声で呟く。

「そんなこと言ってくれちゃうから、きっと俺は――」

「ん、なに?」

「……何でもないです」

 訊ねるも、クニミはむっすりとして階段の裏に回り込んだ。そのちょうど正面の玄関からは死角となった壁に、先程のものより一回り小さい扉がついていた。

「もう二人、ちょっと会っていきましょうか」

 

 

 

(続)

 

本文と全く関係ないけど、花巻パイセンって何であんなに雰囲気工口いんですかね…。