※HQでDQⅥパロっていうアレなもの。捏造とか捏造とか捏造とか注意。
イワイズミは、街の中でも中心に近い所に位置するマツカワ宅の二階から、夜景を眺めていた。
硝子窓の向こうは、とっぷりと闇に浸かっている。空には三日月と満天の星。それに対して、地上の明かりはたったの二カ所。片方は防衛軍本拠地の、もう片方は病院のものである。
この世界のアオバ城砦は、自分たちの世界同様十万もの人々が住む、元々は賑わいのある都市だったと聞いた。
だがまさかその九割以上が、眠りについたまま目覚めないとは。
日が暮れる寸前、早足で通り過ぎながら目にした街の様子は、悲惨という言葉以外が出て来ないほどに、惨憺たる有様だった。自分たちの世界では整然と並んでいたはずの街路樹は葉を全て落とした丸裸の枝をぐねぐねとねじらせ、蔦を絡ませている。蔦は街路樹だけでなく街中を這っており、黒ずんだ白壁と淡緑の屋根まで余すことなく覆っていた。
そして何より気味が悪かったのは、動く人の影が一つも見られなかったことである。マツカワの語るところによれば、アオバ城砦では一年前から眠り病が流行り始め、今では住民の九割以上が己の寝台に横たわったまま、微動だにせず眠り続けているのだそうだ。
――この世界では、戦争は終わったようでいて終わらなかったんだ。
人々が眠り病にハマりこんでしまった理由としてマツカワが挙げたのは、この世界の現状だった。
聞けば、こちらでの第五次人魔大戦は形式上では終わったものの、実際には終わらなかったらしい。人と魔族は小競り合いを続け、やがて戦の火花は元々は味方だったはずの人間同士、魔物同士にまで飛び散り、収束するどころかじわじわと拡大する一方なのだと言う。だから人間や、さらには魔族さえ、魔王の創りあげた夢の世界へと、誘われるままに眠ってしまうのだとか。
軽い足音が聞こえた。振り返ると、ちょうど階段をハナマキが上って来たところだった。首にタオルをかけていて、髪がしっとりと湿っている。風呂上りらしい。
「よぉ、オイカワは?」
「寝てる」
イワイズミは右手側の、少し離れた位置にあるドアを一瞥する。
オイカワはこの家に上がり食事と入浴を済ませて早々、用意された部屋に籠って眠ってしまった。同室のイワイズミが傍に寄ってじっと様子を見ていてもまったく目を覚まさないほどの熟睡ぶりだった。
もういい時間なのでイワイズミも寝てしまうべきなのだが、どうも目が冴えて眠れそうにない。だから、こうして外に出ているのである。
「悪いな。俺たちの方が先に風呂もらったっていうのに、飯まで作ってもらっちまって」
「気にすんなよ。相当気ィ張って、疲れてただろ」
ハナマキは大したことなさそうに片手を振って見せる。まだ彼とは出会って数時間しか経っていないが、それでもイワイズミはこの男がよく気の回るタイプであることを感じ取っていた。冷めたような表情でいることが多く、話す口調や態度こそ軽いが、アオバ城砦の街並みを見て回っている時はちょくちょく己を含めた三人の様子を窺っていた。マツカワの説明に耳を傾ける自分達が周囲への注意を散漫にしていた時も、殿について周囲を警戒していたようだったし。オイカワほど喋らないが、彼と同じように冷静な見極めができる人間だと思われる。
「お前は大丈夫なの?」
「俺? 少しは疲れてるけど、そこまでじゃねえよ」
「そうじゃなくて」
ハナマキは首を横に振り、距離を詰め人差し指でイワイズミの肩を突いた。甘さの中にほのかな痺れを含んだ香りが、湯上りの肌から立ちのぼる。
「俺たちのこと、注意しなくていいの? そんな薄着でナイフも持たずにボーっとしてたら、後ろからぶっすり刺されるかもよ?」
薄い唇の端を吊り上げて言う彼に、あーそういうことかとイワイズミは頷く。て言うか自分でそんなことを聞くあたり、コイツちょっとひねくれてるな、とも思う。
「別に、しなくていいだろ」
イワイズミは答えながら、ポケットに手を突っ込む。右手が何かに当たった。掴んで取り出してみると、胡桃である。そう言えば夜食用にと思っていただいたのだったか。
「もしそうなったら、俺の人を見る目と腕っぷしが足りなかったってことだから仕方ねえ。でも」
胡桃を親指と人差し指で挟んで、ぐっと力を込める。
分厚い殻が、乾いた音を立てて即座に弾け飛んだ。
「もちろん、タダでやられるつもりはねえけど」
にっと口角を上げ無事な実を口に放り込んで見せれば、ハナマキの唇は笑みを保ったままひくついていた。
「イワイズミって、本当に人間かよ……?」
「あ? おめーもゴリラだって言いてえのか?」
つい眉根を寄せてしまう。ハナマキはへらりと笑った。
「腕力については、そうっちゃそう」
「ああ!?」
「でもそれより、メンタルが特にな。胆据わりすぎだろっつーこと」
イワイズミは鼻を鳴らして、床に散らばった殻を回収し始めた。綺麗に真ん中から割れている。力の込め具合がちょうど良かったということだ。
「そうでもねーよ。なるようにやるしかねえっていう、それだけだ」
「それがすげえんだよ」
ハナマキは呆れたように言ってから、ふと、もとからそれほど響かないよう落としていた声量を更に潜めた。
「こう言ったらアレだけど、オイカワは本当に意外と繊細なんだな。マツカワからは『すごく性悪で図太いけど滅茶苦茶強くて、その分突き詰めちゃうところがあるから、ドツボにハマるとヤバい』って聞いてて」
「それは、間違ってねえな」
殻を回収したイワイズミは立ち上がり、苦笑する。
自分はそもそもマツカワの言うことを疑うつもりなどさしてなかったが、今初めて、本当に彼は以前自分達と知り合いだったのかもしれないなと思った。
「アイツ、いっつもヘラヘラフワフワしてんだけど、意外と感情が強い上に執念深くてな。好き嫌いが激しくて好きなモンにはとことんのめり込むけど、嫌いなモンは問答無用で突っぱねる」
「あー分かるかも。確かにそんな感じする」
ハナマキは頷いた。
「だから強い分、無茶もしがちでよ。剣の修業にしても魔法の稽古にしても、のめり込むとオーバーワークになりがちで。昔はそれで、よく怒ったっけ」
それだから、生まれ育ったアオバ城砦の荒廃した景色に衝撃を受けつつも、目を逸らすことができなかったのだろう。ハナマキとマツカワが何度大丈夫か尋ねてもダイジョブだとしか返さなかった辺りは相変わらずだが、さっさと休んだところを見ると、まだマシになった方だと思わされる。
回顧するイワイズミの目元が、懐かしさに細まる。それを眺めていたハナマキが、感心したように呟いた。
「お前ら本当に、仲良しでアオバ城砦が好きだったんだな」
「ん? 何だよ急に。あの野郎と仲がいいかは置いといて、アオバはまあ、故郷だしそんなモンだろ。本当の故郷かどうかは、分かったもんじゃねえらしいけど」
「故郷だったらしいぞ。こっちでも」
イワイズミは思わず、彼方に向いていた視線を戻す。ハナマキは真面目な顔をしていた。
「マツカワとか、衛兵部隊の奴に聞いたよ。お前らはこの街で生まれ育って二人で高め合って来て、そのまま二人そろって衛兵部隊のツートップにまでなっちまった、いわゆる阿吽の呼吸のコンビだったって」
「そうなのか?」
「うん。本当かどうかは俺も知らねえけど、こんなことでアイツらが嘘吐く必要もないだろ。あと、お前らの様子見てても、何も知らねえ俺だって本当だろうなって思うし」
目を瞬かせていると、ハナマキは肩を竦めて首を横に振った。
「だってお前らの小っちぇ頃の思い出、やけにリアルじゃん。お前らの話してたコトと衛兵部の奴らが話してたコト、ぴったり重なるところもあるし。アオバ城砦の記憶にしても同じでさ。現実だけじゃなくて夢でも、アオバ城砦で育ちたかった、しかもお互い一緒にっていうのが、丸わかりだろ」
「そうか?」
イワイズミは顔を顰めて唸る。アオバ城砦への愛着はあるが、オイカワと一緒に育ちたいと希望したことがあっただろうか? 一緒にあれこれするのが当たり前で、そんなことなど考えたこともなかった。
「俺たちみたいな夢の世界の人間って、そういう風にできてるものなんだってよ。現実の自分がなりたかった姿、それがこの姿なんだと」
つっても、現実の記憶がねえ俺らにはよく分からねえ話なんだけどな。ハナマキはそう言って笑った。
そういえば、この男も魂だけなのだったか。それについて詳しく尋ねようとした時、ココア色の頭はくるりと背を向けた。
「じゃあ、お前も早く寝ろよ。明日は多分やべーからな」
「やべえ? 何がだ?」
イワイズミはつい、話題につられる。ハナマキは振り向いて、びしりとイワイズミを指さした。
「おめーらとマツカワとそれから一応俺の、カワイイ後輩からの忠告だ。『マツカワさんのことだからきっと言わないだろうと思うんで、伝えといてください。明日行くところは長いこと誰も出入りしてないから、きっと魔物がヤバいことになってますよ。気をつけて下さいね』、だと」
(続)
何で小説、一向に進まないん…(啜り泣き)
なんかもう、とにかく文ぶちこむしかないっすよねって感じでキーボード叩いてる。
早くハナマキとマツカワの掛け合いを書きたい。