現パロ「ジャスティヌスさんの紹介所観」

「んーまあ、簡単に言うと何でも屋だよね。お呼びとあればいつでもどこでも見参、お困りごと、何でも解決しますって感じ? 中小企業らしい身軽さだよね。しかも今時珍しい全従業員住み込み型のオフィスなんだ。企業の中には社員を一つのマンションに住ませて私生活まで管理するところもあるけど、そうじゃなくて一軒家のシェアハウス! いやー凄いよね。一歩間違ったら息が詰まりそうだ。そう思わねえ?」

「気持ちは分かるけど、それより社員の人となりと社風について教えてちょうだい」

「なんだ、そっちか」

 サタルは冷蔵庫の扉を閉め、キッチンから部屋へと戻って来た。その両手にはアイスのカップが一つずつ握られている。

「どう? 期間限定」

「じゃあ一つ」

 ソファーに座るサンドラにそれとスプーンとを手渡すと、彼はカーペットの上に寝転がった。うつ伏せに肘をついてアイスの蓋を開けようとするので、座って食べなさいと窘めると渋々身体を起こした。

 サンドラは仕事帰りに弟の部屋に寄っていた。彼にはとこが世話になるという会社について、話を聞いて見たかったのである。

「ロト人材紹介所について教えてっていうから、てっきり事業内容かと思ったよ」

「それはもう知ってるのよ。ちょっと調べれば出てくるもの。私が知りたいのは、調べたくらいじゃ分からないことなの。たとえば――」

「つまるところ、アレンを任せて大丈夫か知りたいわけだね?」

 頷けば、察していたらしく彼はまたすぐに答える。

「結論から言うと、大丈夫だよ。子供に重労働を課すような人たちじゃないし、面倒見はいいし誠実だ。一度保護対象として決めたら、それこそ家族みたいに大事に扱ってくれるだろうさ」

「じゃあ、信頼していいのね?」

「それはどうだろう」

 サンドラは弟を見た。弟は口に含んでいたスプーンを離して、首を横に振る。

「いや、ごめん。言い方が悪かった。アレンを良く預かってくれることについては信頼していいと思うよ」

「貴方はあの人たちのことを、あまり良く思ってないのね」

「よく思ってないわけじゃないよ。鼻につくなあとは思うけど」

「良く思ってないんじゃない」

 サタルはへらりと笑った。その秀麗な笑顔は多少軽そうに見えても女性を振り向かせるには十分な魅力があったが、サンドラは惹かれない。それは身内だからということもあるが、彼がその整った容姿と愛想の良さからは想像もできないほど、他者からは理解しがたい性格をしていることを知っているからだ。

「構成員は幹部、兼業を含め六人。社長と副社長が手と手を取り合って始めて、その志に引かれた社員たちが集まったっていう、美しい絆に結ばれた仲睦まじい会社さ」

「貴方の言い方、何だかすごくイヤなんだけど」

「ひどいな。本当のことなのに」

 彼はアイスを突いている。ひどいと言いながら気にした様子を全く見せないのは、いつものことだ。

「美辞麗句抜きで、彼らの職場は理想的だと思うよ。でも社員の高い能力、リーダーの経営手腕、そしてあの人間関係があってこそだから、仮によそ者がそこに入り込んでやっていけるかどうかは別物だけどな」

「稀有なわけね」

「そういうこと」

 サタルは食べ終わって空になったアイスのカップをゴミ箱に放り込み、指を六本立てた。それから、そのうちの一本を折り曲げる。

「まず、一番と言っても大袈裟じゃない逸材はアインツっていう女の子。まだ十にちょっと足したくらいしか生きてないけど、言語能力と社交性がずば抜けて高いし、立ち回りが上手い。彼女のおかげで、紹介所は世界を舞台に仕事ができてるんだ。黒いおかっぱで緑の目がくりくりした可愛い子だよ。でも、ヒトじゃないよね」

「酷いこと言うわね」

「だってあの年で世界中の言葉が喋れるんだよ? ありえなくね?」

 サンドラは黙った。サタルは首を傾けて溜め息を吐く。

「ついでに『天使の守り』っていう絶対防御の特殊能力持ちだ。ホント厄介だよ」

「あら、それは大変ね」

「俺の仕事に関わりさえしなければいいんだけどね。ああ、でも関わったら関わったで……まあ、その話は置いておこう」

 サタルは次だと言わんばかりに、アインツという少女の分の指を立てていた手をひらひらと振る。そして左手の一本を折った。

「そのアインツの保護者だっていうのが、ケネスっていう面倒くさがりな男。世界中を回ってた経歴があるからそれでアインツのガイド役を務めてるっぽいけど、それだけじゃなくて武器と薬草の扱いに長けてる。彼との戦闘は避けなよ?」

「何で私が戦う羽目になるのよ」

「面倒くさがりな分、紹介所じゃ一番冷静で物分かりが良くて地に足ついてるだろうな。ただ、それが逆に手間なこともある。とにかく未成年に麻薬を勧めるようなことはしないだろうから、安心していいんじゃねえ?」

 次々、とサタルはまた指を一本折る。

「リウレムっていう外務省勤務の社員がいる。背が高くて珍しい紫の髪をしてるから、見ればすぐに分かるだろう。彼が紹介所のシステム面を管理して、社長の技術開発の右腕として働いているらしい。SICURAっていう人工知能の開発者だよ。それなら知ってるよね?」

「ええ」

「副社長とは竹馬の友で阿吽の呼吸ってヤツみたいだよ。いい紳士さ、根は悪ガキだけどね」

 左手の親指、人差し指に続いて今度は中指が内へ曲がる。

「ロレックスっていうハイティーンの男の子がいる。社長と副社長とは遠い親戚で、会社の中でも特にこの三人は、お互いをすごーく大事に思い合ってる」

 彼はやけに強調して言った。これはその件で何かあったんだろうな、とサンドラは察しをつける。勿論、そのことを当人達は覚えていないのだろう。

「若いけど仕事には何でも熱心に取り組むし、人が好い。でも特定の事柄で熱くなりやすい幹部二人より、やや冷静だよ」

 今度は薬指を折る。

「その幹部の一人、副社長のアレフ――本名はアレフィルド。俺たちのアレフとは違うよ――は会社の骨であり、神経であり、血管みたいなものなんだ。人材紹介所が軌道に乗ったのも、彼の手腕によるところが大きい。他人には冷たいようなフリをするけど、これがとんだ甘ちゃんでね! 自分の助けが必要だと感じたら、親しくない相手でも自分を損ねることもなっても手を差し伸べるんだ。見ていて気持ちがいいほどに腹が立つんだよ」

「それ、気持ち悪いって感じてるんじゃないの?」

「小さい頃から金に苦労したせいで金のためなら何でもソツなくこなせるんだけど、いやあ万能すぎて鼻につく。おまけにそれを鼻にかけるわけでもないからムカつく」

「ただのいい人じゃない」

「ついでに言うと異次元戦隊のブラック担当で……ああそうそう、忘れてたけど俺達のアレフとは昔同じ会社にいたもと同僚って間柄で、だから仕事を任せるようになったんだ」

「ああ、あのアレフさんなのね」

 サンドラは頷いた。それなら知っている。聞いたところによれば、かなり有能だったのだとか。「アレフ」なんて名前はたくさんいるから、結び付けられていなかった。

「闇に由来する雷を操る能力者だよ。それがまた強力な上に、副作用がほぼ皆無! 女神様に愛されすぎてる」

 それで、余計好かないのか。サンドラは依然としておかしそうに笑いながら語る弟を見つめ、内心呟く。弟は強力な能力者だが副作用もその分強力で、幼い頃から苦しめられた人種だった。

「最後の一人、社長のロトは一言で言うなら天才だよ」

 サンドラの回想に気付かず、当の本人は最後の小指を折って話している。今の彼の笑みは屈託がなく、年が二ケタいかないというのにシニカルで嘲るような笑みを浮かべていた頃とは別人のようだ。

「発想力、記憶力、判断力、どれにおいても上等。ただやや欠けているところがあるとすれば、気持ちかな? 特に自分の感情にはとことん疎い。情は豊かなクセにね。そういうところは、副社長とそっくりだよ」

 ああ、そうだ。そこでサタルは何かに納得したように頷いた。

「あの人は、サンドラとは対照的なのかもしれないね」

「私と?」

 確かに、自分は頭脳には恵まれていないが。

 そう言うと、もう十分恵まれてるでしょと弟は呆れた声を上げた。

「外的と内的、ポジティブとネガティブ、饒舌と無口、特に他者への依存度なんて正反対だ。サンドラはたとえば、俺やハロルドが三か月傍にいなくて連絡も全くしなくても大丈夫だろ?」

 サンドラは頷いた。ハロルドは婚約者だ。

「元気でいるなら、何も問題ないわ」

「ロトの場合、それが耐えられない。特に、アレフへの依存度なんてすごいもんさ。聞く? 楽しい話あるけど」

「後でね」

 他人様の噂話に興味はない。サンドラはさっさと話題をもとへ戻す。

「つまり、アレンは置いておいてもらえそうなの?」

「働いてさえいれば問題ないよ。さっきも言った通り、全員身内ってなればとことん良くしてくれるし、それ以上にお人好しばっかりだから。情の塊みたいな連中だよ」

 サンドラは頷いた。アレンが働くことについては、何も心配していない。あの子はもともとマメで真面目で、何より動くことが好きな性格だ。体力もあるから、大丈夫だろう。

 紹介所についても信頼して良さそうだ。弟は息をするように嘘を吐くが、情報を提供することについてはプライドを持っている。加えて、今回は身内絡みだ。総合して考えた上で、適切な情報を発しているのだろう。

 そう判断して、サンドラは口を開いた。

「分かったわ、ありがとう。そのうち、私の方でも様子を見に行ってみる」

「うん、そうしてみてくれ。その時は俺もお供しようか」

「大丈夫なの? あちらは貴方のこと覚えてないんでしょ?」

「覚えてないだろうね。何でか知らないけど腹が立つなあ、くらいは思われるかもしれないけど」

 サタルはくすくすと笑う。サンドラは手の中のアイスを見下ろした。水色とクリーム色が溶けかけて、マーブル状になっていた。

「手は組んでても、敵対していたのね」

「俺たちが背負うものと彼らみたいなものは、相反していなくちゃいけないんだよ。互いがあるから成り立つんだ」

 抽象的に、歌うように言う。彼は決して仕事の具体的な内容を話さない。いつだってぼやかしたような語り方をする。サンドラもそれをはっきりとした形にしてはいけないことを知っているから、聞かない。

「彼らは結束がすごく強くて、その結束を脅かすものから自分達を守るためなら何だってする。これはとっても大事なことだ。無償の、見返りを求めない愛。愛は世界を救います」

 サタルは冗談めかして両手でハートの形を描いた。サンドラが鼻を鳴らすと、彼は肩を竦めた。

「でも、愛が刃になることだってある。そして愛が強ければ強いほど、刃の形は鋭くなる。言うならば、彼らは愛のもとに刃を振りかざし、当然のように侵さなくていい領域に踏み込んできた。だから俺は、あの人たちが嫌い」

 弟は両手を上げて後ろに倒れ込んだ。寝転がり、寝返りを打ってサンドラを見上げる。

「だけどそれはあくまで仕事上の話だから。隣人としては良い奴らだし好ましく思う部分もあるから、尊重して手を取り合って行きたいと思うよ」

「嫌いだけど?」

「うん、嫌いだけど」

 サンドラが確認すると、弟はけらけらと笑った。

 彼の話を聞く限り、彼らは悪い人たちではなさそうだ。その有能さから疎まれることはあるかもしれないけれど、それよりずっと慕われる部分も多いのだろう。だから、世界を舞台に仕事をしていられる。ヒーローズなんていうものと繋がっていられる。サンドラ自身が彼らを敵視したり嫌ったりすることはないだろう。弟の場合は、関わり方が特殊だったのだ。

「何にしてもアレンを預かってくれるんだから、ありがたい話よね」

「まあね」

「あとは自分で判断するわ」

 そうしなよ、と弟は同意した。

 

 

 

相変わらず褒めたり貶したり笑ったり忙しい男です。

紹介所からもけちょんけちょんに言われているに違いない。というか、どこに行っても彼はけちょんけちょんに言われるんじゃないでしょうか。

私も彼をけちょんけちょんに言ってる時が一番楽しいです。