現パロ「光の導きを見つめて」

※気持ちのいいないようではないので注意。えぐいの苦手な方は戻って戻って!




「さてスラン君、問題です」

「こんな時に何ですか!?」

 呑気な班長の声に答えるスランの声は、半分悲鳴のようなものだった。

 大きく後退しながら迫る腕めがけて発砲する。土気色の片腕が弾け飛び、その隙に彼らは玄関先を飛び出した。

 スランとサタルはここ二カ月で多発している児童誘拐事件を追っていた。本来ならこれは刑事警察の仕事である。だが首都圏を中心に各地で特殊能力を用いているものと思われる似た手口、同じ年代で児童が攫われ行方不明になっており、彼らに仕事が回って来たのである。

 それぞれの事件について周辺を洗ううち、似通った背格好の男達が現場で目撃されていたことが発覚した。スランの能力で彼らが郊外に拠点を持つことが分かり、今日はそこへ聞き込みをしにやって来たのだった。

 呼びかけても返事がないのは予想できていた。だが、玄関が空いていて中からゾンビが出てくるなんて誰が思うだろうか。

 味気ない箱のような一軒家を飛び出す。ゾンビたちが列を成してついて来る。十体はいるだろう。拳銃を向けながら振り向き振り向き走るスランに、サタルは振り向かずに問いかける。

「ゾンビの急所ってどこだと思う?」

「頭じゃないんですかっ」

 答えながら引き金を引く。スランの放った鉛玉は、間違いなく先頭に立つ腐った死体の眉間に小さな穴を開け、上体を大きく仰け反らせた。

 サタルは一軒隣の民家を一つ通り過ぎると、振り返って口を開いた。

「はずれ」

 ゾンビの仰け反った上体が、バネのようにもとに戻る。スランの開けた穴はそのまま、低く呻いてまたこちらに向かって歩き始めた。

「正解は『無い』んだよ。ゾンビは退魔や浄化の力で攻撃するか全身木端微塵にでもしない限り、断片でも別の生命体になって生血を求め続けるんだ」

「じゃあどうしたらいいんすかぁ!?」

 そんなことを言われたって、今日は機関銃なんて持ってきていない。スランが情けない声を上げる間にも、ゾンビは隣家の門の前を通り過ぎようとしている。もう彼らまでの距離は五メートルもない。

「一番いいのは教会支給の退魔グッズを日頃から携帯しておくか、専門職に助けを求めることだね。聖職者ならほぼ間違いなく退けるか、昇天させるかくらいはしてくれる。または身体を粉々にできるような武器を持ってるといいよ。ただ、これは街中では使えないものが多いからあまりオススメはできないなあ」

「班長ベストよりマストですよっ! 今はどうしたらいいんですか!?」

 あと二メートル。班長の気楽なお喋りの間にも動く死体は着実に歩を詰めてきていた。泣きつくスランを、サタルは手で後ろに押しやる。

「分かってる。下がってなよ」

 暴力は好きじゃないんだけどなあ、とぼやきながら半足前に出る。

 ゾンビに肉薄した、と思った直後、身の毛のよだつような絶叫がうららかな昼下がりの空に轟いた。腐った身体が地面に一つ崩れた。いつの間にか、サタルの手におどろおどろしい剣が握られている。剣は夜闇に浮かび上がる亡者のように暗い留紺の光を纏い、刀身に埋められた深緋の玉が時折脈打つように輝いていた。

 魂の剣だ。スランは息を飲んだ。

 サタルの背が霞む。間合いを詰め、剣が一閃するごとに死者達の断末魔が響く。動く死体がバタバタと倒れ、ただの死体に戻る。そのうちの一体の顔がこちらを向き、スランは目を背けた。彼は魂を蹂躙された者特有の弛緩しきった表情で事切れていた。

「分かっただろ?」

 やや遠くなった位置から、サタルの涼しい声が届く。彼の秀麗な顔立ちには、返り血一つついていなかった。

「要は身体か魂か、どちらかを完全に始末してやればいいんだ。近くに教会がなかったら試してみるといいよ。切羽詰まった人間なら、魂の剣なんて簡単に出せる。出した後のことは保証しないけどね」

 サタルは莞爾と微笑むと剣を消し、手招きした。立ち尽くしていたスランは、恐る恐る物言わぬ死体たちの脇を通って班長のもとに合流した。班長は笑みはそのままに、低く囁いた。

「視ろ。この近くに目標はいる?」

 スランは神経を研ぎ澄ます。自分の頭を真上から眺め視界が遠くなり、パノラマ写真のように周辺の風景が映る。

「あ、こんにちは。お騒がせしてどうもすみません。いえ、私達今映画の撮影やってるんですけど、この彼がちょっと演技に熱入り過ぎちゃったみたいで。驚かせてしまって申し訳ないです。え、これですか? 人形ですよ。よくできてるでしょう」

 班長の愛想のいい声が聞こえるが、今のスランの頭には入ってこない。彼の目は宙にあり、近くにある四軒の家を凝視していた。一軒は今自分が門の前に立っている家、一軒は先ほどゾンビが出てきた箱の家、一軒はその二百メートル隣のアンティークな家、一軒は材木屋風の古風な家。

「視えました」

 サタルが上手く隣家の婦人を誤魔化しきった頃、スランの視点が地上に戻って来た。婦人が我が家へと戻りきるのを確認してから、スランが囁く。

「やっぱりあの最初の家です。二階に潜んでます」

「よし、行こうか」

 二人の男達はまっすぐ盛大な出迎えをしてくれた家を目指した。銃を手にしたスランが先に立って玄関を潜る。狭い廊下には物がないが、空き家の割に埃の積り具合が薄かった。

 トイレ、浴室、客間、と廊下から繋がっていた三室を覗く。明らかな生活の痕跡があった。最後にリビングに繋がっているのだろうやや幅広のドアの前に立ち、視線を交える。頷き合って、直後スランがドアを蹴破った。

 人影が二つ、同時に襲いかかって来た。スランが発砲しサタルが投げ飛ばす。更に刃物を手に迫ろうとしたもう一人は、スランが銃口を向けた途端ぴたりと動きを止めた。

「公安警察です。公務執行妨害、その他……分かってますよね」

 自分が投げ飛ばした男、スランに撃たれた男のそれぞれに錠をかけたサタルが、身分証と新たな手錠を手に問いかける。男の頬に冷汗が流れる。その顔は、聞き込みから得た情報をもとに再現した犯人の似顔絵にそっくりだった。

 サタルは彼の手から凶器を取り上げ、手錠をかけるとスランの方を向いた。

「本部に連絡して。容疑者を確保、家宅捜索と外の死体のために人が欲しい」

 スランは頷いて、業務用の携帯を手にした。彼が連絡を取る間に、サタルは三人の男達を食卓の足にそれぞれ括り付けてボディーチェックを始めた。拠点を突き止められることを想定していなかったのか、武器は携帯していない。最後に三人目のシャツの中を覗いて、サタルは口笛を吹いた。

「どうしたんすか」

「これ見てよ」

 連絡を終えたスランは、班長の方へ歩み寄る。指し示す男の背中を見て、スランはうわと声を漏らした。

「これって、光の教団のシンボルじゃないですか」

「教団の熱心な信者は身体に入れ墨をしてるって聞いてたけど、本当だったんだなあ。いやあ、カルトっぽくていいね」

 捕らえられた男が睨み付けてくるが、サタルは気にせずにこにことしている。

「他の二人には教団のシンボルはなかった。さしずめ彼らが実行犯で、貴方が教団とのパイプ役ってところでしょうか」

 男は黙っている。サタルは自身の腕に巻いた時計を見下ろした。

「困ったなあ。いつもなら優しくしてあげたいところなんだけど、時間がないんですよね。このままだとすぐに他に持って行かれちゃうかもしれない。じゃあ、仕方ないな」

 喋らなくていいです、と彼は言った。

 男が思わず目を丸くする。いつもそうだ。尋問すると身構えている容疑者達は、彼のこの台詞を聞くと拍子抜けする。だから隙が生まれるのだ。

 一瞬の早業だった。サタルの手が男の頭を鷲掴みにした。そのまま五指がするりと頭に溶け込む。青い双眸と男の見開かれた瞳がかち合う。

「貴方の世界、覗かせてもらいます」

 サタルが告げた途端、男の飛び出んばかりだった目がとろりと焦点を失う。彼の恍惚の表情を見て、同化しているのだとスランは思った。

 班長の特殊能力は変わっている。何でも、己の魂を自分の意志でコントロールできるものなのらしい。先程のように己の魂を剣として具現化したり、魂の持つエネルギー――班長の言うことには魂とは膨大な光のエネルギーの塊なのだという――を攻撃に使用したり、分割して他人に付属させ情報を共有することもできる。

 今やっているのは相手の魂に自分の魂の一部を接触させ、同化を試みるというものだ。言うならば魂に取り入る取っ掛かりを見つけているのである。この時取り入られる側は、皆似たような恍惚の表情を浮かべる。これは一時的だが、真の意味での理解者を得るからだという。己の中に他者が入り込んで、しかも孤独な自己を共有するという体験はそうそうできるものではない。

 しかし、その後がサタルの本当の目的を果たす時なのである。

 スランが見る前で男の顔つきが急変した。眉間に深いしわが刻まれ、目玉が充血して飛び出そうなほどに瞼が開く。顔中に脂汗が浮き、口が大きく開いて叫喚の形を取った。

 サタルが魂の主導権を握り、漁り始めたのだ。こうなったらかけられた側にはどうしようもない。良き隣人の顔をした簒奪者が記憶という記憶を、思考の糸という糸を解き欲しいものを手に入れて去るのを待つしかない。

 スランはやられたことがないので分からないが、魂の主導権を奪い取られ覗かれるというのは再現しようのない痛みを伴うらしい。それもそうだろう。自分の大切にするものも隠したいことも、感情すらも全て見られてしまうのだから。スランは何度かサタルがこの技を使うのを見たことがあるが、魂を覗くのにかかる時間が長いほどどちらにも負担がかかるらしく、特に相手の被害は甚大だ。呆けたようになってしまい、酷いと精神が死んでしまうのである。

「……お邪魔しました」

 どれほどの時間が経ったのか、サタルが手を引き抜いた。男の首が、糸が切れた操り人形のようにくたりと折れた。

「班長!」

 サタルが大きく身を反らせ、両手で顔を覆った。肩と胸が激しく上下し、唇から荒い吐息が漏れる。

 彼はこの技をあまり使わない。モラルの問題もあるが、何より彼自身の負担も大きい上に危険に晒されるからだ。何せ、魂というのは未だ知られぬ部分の多い一種の霊界である。他者の広大な神秘の領域に、己の魂一つで侵入するのだ。下手な反撃を喰らえば、自分だって魂を砕かれかねない。

 聞けば西洋ではこういった術者による魂同士の戦いの歴史が長いらしく、己の魂を管理し守る術はそこで学んで身に着けたという。だが、万能ではないとも言っていた。

「大丈夫、大丈夫だよ」

 ややあって、彼が首を横に振った。両手をどかして前を向く。白い頬は色付いて、目が爛々と輝いていた。

「やっと確証が持てた。やっぱり教団はどっちもやってたんだ」

 班長は机を頼りによろけながらも、満面の笑みで立ち上がった。普段は何事も流しているような雰囲気が一変、戦場に生きる者らしい気迫に満ちている。無事な二人の罪人が、怯えた様子で彼を見上げる。

 サタルがたまに見せるこの熱に浮かされたような様子を見ると、スランは彼が十課の班長なのだと実感させられる。

「コイツの記憶にあった。児童誘拐もゾンビも教団の仕業だ。アイツら、そうか、魔界を開くか。自分達のボスを、地獄の帝王を、世界の頂点にするつもりか。ふふふ」

 サタルは低く笑う。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、まだ微量の力を帯びた瞳が底光りする。スランには何のことを言っているのか理解できない。

「班長、どういうことですか。子供を誘拐してどうしてるんですか。そもそもゾンビが仕業って――」

「目的はみんな一緒だよ。戦力にするのさ。この国を、世界を制圧するためのね」

 スランは言葉を失った。サタルは話し続ける。

「死者の復活で信者を釣って洗脳するのもそう。まだ幼い子供を連れ去って好きに教育して洗脳するのもそう。集めた死体でゾンビを作るのもそう。この国を制するつもりなんだ」

「子供が、戦力になるんですか」

「人が良いなあ、スラン。子供こそ戦力になるんだよ。相手の隙を突くのに弱者っていうのはうってつけだ。加えて彼らは純粋で染まりやすい。カルト集団の常套手段だよ」

 そう言われて、スランも教団が子供をどう利用しようとしているのか理解した。背筋が冷え、唾を飲む。

「ゾンビは普通簡単には死なないからね。不死身の軍団。昔から権力者達は皆夢を抱いて、こぞって求めてきたものだよ」

「ぞ、ゾンビって魔物じゃないんですか? 大体、それと教団にどういう繋がりが」

「ゾンビは魔物だよ。ベースは人間だけどね」

 サタルはスランに顔を向ける。

「教団は魔物の群れだ。ゾンビを造るくらい、死体さえあればわけなかったんだよ」

「死体なんて、そう簡単に手に入るもんじゃないでしょう。どこからそれを」

「忘れたのか? 教団が何を売りにしてるのか」

「何って、死者のふっか――」

 スランの口が止まった。恐ろしい可能性が頭に浮かんでいた。サタルは静かに口を開く。

「信者はみんな、浄財として財産だけでなく教会にある自分の墓まで教団に譲ってしまうそうだよ。教会の基本は土葬だ。なら……分かるよな」

 スランは思わず己の胸を掴んだ。得体の知れない吐き気が込み上げていた。

「スラン、今回の任務に情は一切捨てろ。相手は道徳心どころか血も涙もない。油断してると鯰に切られるよ」

 サタルは口の端を吊り上げた。優男ぶりに合って妖艶で、しかし平素そぐわぬと嫌う獰猛さを露わにした笑みだった。

「久々の真正の悪だ。叩き潰してさらし首にするぞ」

 冷たく強い言葉に、スランは背筋を伸ばし敬礼で答えた。

 



ゾンビハンターの双子が本当に怒るのは、ザラキより魂砕きでゾンビを葬ることだと思います。勿論サタルもそれは自覚してて、普段はなるべくやらないようにしてるんだと思います。

サタルの能力はルネ以上にある意味反則ですね。だからこういった強い能力につきものの大きなリスクを背負うことになりました。実際本編の彼もチート能力でリスク持ちなので似たようなもんだと思います。え、似てない? 気のせい気のせい。