現パロ「白日のもとへ」

 ゴシック様式にならったのだろう古い教会は、しかしよく手入れが行き届いていて居心地のいい静謐さがあった。渋く灰色がかった石畳、ベルベッドのようにも見える真紅の絨毯、二列に並んだ木製ベンチは定期的に磨かれてでもいるのか、高くステンドグラスから差し込む日差しに控えめな光沢を返した。

「まったく、最近はただでさえも騒がしい信者が多いっていうのに」

 神父はブツブツ言いながらベンチの一つに尊大に腰掛ける。身に纏った珍しい、緑色の法衣がささやかな衣擦れの音を立てる。蜂蜜に似て優しい色をした髪、象牙のようになめらかで日に焼けることを知らなそうな肌、西洋の貴族めいた美貌を持つこの華奢な男は、それにしてはやや表情と目つきが剣呑だった。

「ヨハンの紹介だと言ったな?」

「はい」

「あの田舎育ちの野蛮人め。面倒事を僕に押し付けるとはいい度胸だ」

 儚げな外見に反して、舌鋒はなかなかに鋭い。

 この男がサトリ神父か。垢抜けない一役人に扮したテングは、改めて愛想などという概念がとんとなさそうな男を眺める。

 聞けば二枚目なルックスと分かりやすい説法で若い女性に密かに人気の、今時珍しい「頼られる」神父だという。遠慮のない物言いと取りつく島を与えようとしないマイペースさで初対面には近寄りがたい印象を抱かせるが、信仰心の厚さと宗教学等における博識ぶりは熟年の先輩神父にも勝るとか。その素性についても調べたが、それはこの際置いておこう。

 肝心なのは彼のもう一つの顔だ。サトリ神父は命ある者を常世へ送り死せる者を浮世へ呼び戻す奇跡の術を体得しているのだ。

「ペテンに決まってるだろう」

 本題の光の教団について早速切り出すと、サトリは鼻を鳴らした。そんなこと言うまでもないと言いたげな調子だった。

「僕も前に別件で相談されて、あの趣味の悪い映像は見たぞ。神への冒涜にもほどがある。あんな集団のことを口にするだけでこっちまで穢れそうだ」

 サトリはあんな集団のことを口にさせたお前も同罪だと言いそうな目でテングを睨んだが、こちらも仕事なので譲れない。既に彼にこの件について話してもらうのに三十分近く粘ったのだ。この程度では引き下がらない。

「どの辺りがペテンなのでしょう」

「アイツに聞かなかったのか? 決定的なのは蘇らせる遺体だ。あれは遺体じゃなく、擬態した魔物だろう」

 サトリは組んだ腕をトントンと指で叩く。

「生き返ったばかりの人間というのは、多少記憶の混乱はあっても喋るものだ。だがあの映像では一度もものを喋っているのを見せていない。言葉を話させた方がよっぽど蘇生の信憑性が上がるだろうにそうしないのは、故人と全く同じように話すことができない模倣体でしかないからだ」

 テングは頷く。モシャスの原理を専門で使う身として、そういった技を使う魔物のことはよく知っている。彼らは擬態する対象の外見や能力をそっくり真似ることはできても、人格や思考までコピーすることはできない。下手に喋れば洗脳されているだろう信者であり遺族達は騙せても、生前の故人を知っていた視聴者には違和感を抱かれることは間違いなかった。

 恐らく事前に故人の死体や生前の写真を信者に持ってこさせて、魔物に真似させているのだろう。サトリはそう語ると忌々しそうに首を横に振った。

「馬鹿馬鹿しすぎて話す気も失せる。あんなの、トリックとも言えない真似事だ。アイツらは全く霊魂を扱うということをしていない。蘇生の際に生じる奇蹟の光はデインの紛い物だし、起き上がった死人はただの魔物ときている。まだこの国でしか騒ぎになってない上に日が浅いから教会本部は認知してないようだが、知れたらタダ事では済まされないぞ」

 そう言うサトリのジャスパーグリーンの瞳は冷たい怒りに燃えている。彼は立ち上がると、苛々とした様子で辺りを歩き回り始めた。

「奴らときたらいい迷惑だ。うちの信者にも奴らの口車に乗せられて宗旨替えしたいなんて言ってくるのがいる。しかも、墓まで掘り返して持って行きたいなんて!」

 彼が怒りを露わにするのも無理はないとテングは思った。彼が教団のことをどこまで認知しているのかは知らないが、親友の調査で分かりつつある彼らの手口はテングから見ても汚かった。

「お前、警察だと言ったな? さっさとあの気分の悪いゴミ虫どもを駆除してくれ。でないと、あの死体狩りの双子だけじゃなく僕まで直々に出ていってやることになりかねないからな」

 サトリはそう毒づいて踵を返した。教壇の後ろ、高く聳え立つパイプオルガンの前に座っておもむろに鍵盤を叩き始める。重厚な音色は神聖ながら物悲しい曲調を紡ぎ、教会を震わせる。話は終わりということらしい。テングも彼に背を向けた。

 その信仰への真摯さと高い能力のためか、彼は教会本部からも信頼され重用されていると聞く。彼が出張る時は、本部も動くかもしれないということだ。

 そうなって事が複雑化し身動きが取れなくなる前に、やることはやっておかなければならない。テングは足早にその場を後にした。




稲野さんのサトリさんを、本家より先に書いてしまいました…大丈夫でしょうか…?

イケメン神父、ザラキの呪術師、そして辻ザオのサトリと多彩な顔をお持ちです。多分。