※ちょっとグロ注意? かもしれないので畳みます。苦手な方は戻って戻って!
男達は暗い路地を駆けていた。彼らにも自分の失敗の理由なんて分からない。ただ圧倒的な焦燥が彼らの背中を押していた。
今回彼らが手がけた人質事件はもう少しでうまくいきそうだったのだ。極秘裏にこの国を訪問していたある東国の革命軍の指導者と本国与党党首の会合に入り込み彼らの護衛を殺害、当人らを拘束し国家を相手取って莫大な金額を要求したのである。
指導者の国は情勢の不安定さで知られ、国としてはまだ連携を知られるわけにはいかない。よって報道機関にも緘口令を出し、国民に知られることのないまま迅速に事件を解決したいらしかった。
だが、彼らは三人とも能力者である。警察にも能力を使える者は多々いるが、彼ら三人はそれぞれ優れた透視能力であちらの行動を見越すことができたし、如何なる銃弾も通さない鉄壁の防御能力と、触れた者を等しく破裂させる過激な攻撃能力で奴らを存分に怯えさせた。金を持たない人間が来たら人質を殺すと宣言し、後はどんな要求も跳ね除けて金をもらって高跳びのはずだった。
しかし、彼達は今犯行現場から逃げている。せっかくの人質も置いて、金も得ることもできずに。
「何なんだ……何なんだよアイツらっ!」
髭面の男が、長い髭から汗を滴らせながら喘ぐ。口元からよだれが飛び散った。
「人質をいきなり殺しやがった!」
「わけがわからねえ、わけがわからねえ」
繰り返しブツブツ呟くのは細面の二枚目である。しかしその瞳は血走って前方を食い入るように見据えていた。
「俺は触ってもいないのに……いきなり……」
「本当に触ってねえんだろうな!?」
「触ってねえよッ!!」
振り向いて聞いた眼帯の男に、二枚目は激怒して返す。
「しかも何だよあのアマ!」
「どのアマ?」
艶めいた女の声。三人はぎくりと身を震わせた。足を止め、前方に視線を戻す。狭い路地の四つ角、正面に女が立っていた。巨大な月は彼女の背後から青く冷たい光を注ぐ。彼女の髪はそれを受けて、紫めいた紅に煌めいていた。
「うっうわああああああああ」
髭面が絶叫して両手を翳す。途端白く眩き炎の壁が彼らの前に立ちはだかり女の姿を掻き消した。一息つき、髭が揺れる。しかし次の瞬間炎の向うから短い笑い声が聞こえ、彼は凍り付いた。
「貴方たち、いい力持ってるのに残念ねえ。大体炎を防御に使うのがいけないわ。炎っていうのはね……」
刹那、白壁が赤光で断たれた。
「侵略するためにあるものなのよッ!」
その台詞が耳に届く時には、男は倒れ込んでいた。冥府の淵のような星のない空に、紅を差した唇を笑み崩す悪魔が大きく映った。
「私の『ガイアの剣』はね、道を切り開くのよ。炎っていうのはこうあるべきだと思うわ」
髭がちりちりと焦げる。女の繊手に握られた燃え立つ炎剣が切っ先は、彼の髭に突きつけられていた。
「顔の半分下だけを炎に覆われる感覚って、どんな感じなのかしら?」
女の瞳が三日月を描く。
「うっ――があああああああああ」
仲間の純粋な痛みに満ちた悲鳴を背に、残る二人は四つ角を左手に逃げ出した。崩れ落ちる人質に狼狽える彼らの前に現れた、あの煉獄の悪魔のような女からとにかく遠ざかりたかった。
――投降しなさい。
その時、彼らの耳に少女の声が届いた。彼らはぎょっとして周囲を見回す。だが誰もいない。
「今の聞こえたか?」
「あ、ああ」
――貴方達はお粗末だよね。
二人は跳ね上がった。またあの少女の声が、嘲るような調子で語り掛けてきていた。声はまるで耳の内側から発生したように存在感があった。
――気付かないの? 貴方達が取った人質は死んでない。貴方達は幻を見ていたのよ。
「ま、幻?」
――幻術。貴方達の目に働きかけて、人質が死んだように見せかけたの。
「う、嘘だッ!」
二枚目が叫ぶ。もう少女の声が聞こえるか否かを気にしている余裕はなかった。
「嘘じゃないよ」
不気味に高い、男とも女とも子供ともつかない声がした。彼らは音源を向く。薄汚れたゴミ箱からがたりと丸い蓋が零れ落ち、中から首のないスーツの身体が現れた。
「君達が見た幻って、もしかしてこんな――」
頭のない身体が己を指さして喋りきる前に、二枚目は絶叫して片手を振りかざし突っ込んだ。手がそのスーツの、きめ細かいネクタイに触れる寸前。
手首を衝撃が貫いた。
二枚目は腕を抑え崩れ落ち悶絶する。手首の先は湿った音を立て、小さく飛沫を残して暗き路地を転がっていった。
――だから投降しなさいって言ったのに。
少女の声が無慈悲に響く。仲間の身体がもう一度大きく跳ねる。眼前に立つ体と同じ身となった仲間は、宙を仰いで阿に口を開いていた。
――『大声』が届くからには、『鷹の目』にも見られてるんだよ。
「なっ、何だてめえは!」
残った眼帯の男は目を凝らす。この周囲、半径三十メートル以内にはスーツの身体以外誰もいない。壁の向うにも、廃材の向うにも、積まれたガラクタの先にも。
「てめえじゃなくて、てめえらだよ」
頭のない身体があの不気味な声で言う。眼帯は後ずさった。
「てめえは……」
立つ死体が絵の具を混ぜたように揺らいだ。首が生え背が縮み、横に膨らむ。灰色がかったスーツは毒々しい紅白の縞模様に変わった。
「やあ」
ゴミ箱の前に、丸く福々しいピエロが立っていた。ピエロはソーセージのような唇をU字型にしている。
「君も諦めた方がいいよ。ここにもうすぐ僕らの仲間が揃うんだ。大人しくして素直になった方が身のためだよ」
男は開いた口が塞がらなかった。人の姿が、まるっきり別のものに変わった。こんなものは公園の見せ物小屋でも見たことがないだろう。
「お前……能力者か」
「そうだよ」
ピエロは依然として微笑んだままでいる。冷たい月明かりに照らされる真っ白な顔には血の気が全くなく、気味が悪かった。
「『変化の杖』って言ってね、自分の姿だけじゃなくて他人の姿も変えられるんだ。ほら」
彼がそう言った途端、周囲の風景に新たな色が加わった。赤いおかっぱ頭の女、小柄で少女のような女、銃を突きつける青年、白い髪の淑女、そして冴えない三十半ばと思しき男が、彼を囲んでいた。
「公安十課だ。やったこと仕組んだこと、それから雇い主も洗いざらい吐いてもらおうか」
冴えない男が手帳を示した。そこには間違いなく、この国の紋が入っていた。だが男はまだ開いた口を閉じられなかった。
「十課なんて……嘘だろ……」
公安十課。別名を特殊能力犯罪対策課。この名は同じ警察より犯罪者の方が詳しい。十課は能力者が関わる重大犯罪の影に、必ずと言っていいほどその存在感をちらつかせていた。彼らの牙にかかった者は必ず命を落とし、命こそあっても平常な精神を失う。現代にあるまじき非情な手口を用いると言い、その存在は半ば伝説として扱われていた。
「本当だ」
冴えない男は肯定する。眼帯は唖然としている。だが、冴えない彼がやや下を向いた隙に隠されていない方の目が輝く。彼が顔を上げた時には、奇声を上げながら手にしたナイフごと突進していた。
突如、両者の中心に白く燃え滾る壁が立ちふさがる。ナイフが熱に縮む。男は目を見開いた。この壁は彼の仲間のもののはずだった。
壁が消える。そこには冴えない彼の前に立つ、色素の薄い淑女の姿があった。
「課長さんを害することは許しません」
優しげな顔立ちに反する毅然とした態度で彼女は告げた。眼帯の男は、自分を包囲する円が縮まっていることに気付いた。彼の顔がいよいよ絶望に染まる。
そろそろ、頃合いだろうか。
「どうしてこんなに大事な自分の能力のことを話すのか、分かる?」
口を開いた。男の一つしかない目に、初めて俺の姿が描かれる。歩を進める。輪の数人は顔を背ける。それも仕方ないことだ。この力は友人に言わせると「あまりにえぐい」らしいから。
せめてその運命くらい教えてあげよう。
「もうすぐ貴方は何も分からなくなるからだよ」
瞳に映った俺の顔に、彼は恐怖を重ねた。
一回書いてみたかったんだっていう。
Ⅲ1stパーティーでまさかのこんな。コーカクキドータイっぽくしようと思ったのにあれ……? まあいっか。
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