戦隊パロディ「忍び寄る戦いの予感」

「ブラックとして町に出ると、女性がキャーキャー騒ぐ」

 ブラック会不屈の男として名を馳せるアレフレッドが、珍しく沈痛な面持ちで溜め息を吐いた。ラーメンから立ちのぼる白い湯気が揺れるのを見ながら、レックはその理由を考える。

「ああ、ブラックの奴らってみんなキラキラしてるもんな」

 マスクをしていてもその魅力は溢れ出ているらしい。正規ブラックことアレフは外見に気こそ遣わないもののなかなかの男前、おまけに実力も折り紙付き。ブラック代理その一のサルムは落ち着いて品のある、男でありながら可憐とも言える姿に定評がある。代理その三のゾーマは佇まいも麗しく一挙一動に風情があり、実際戦闘の際は艶やかな声で薔薇の雨を降らせる。

「ブラックスーツで出るとブラックローズお願いします、私の方に降らせて、ああ今こっちを向いた……なんて大騒ぎされるんだ。やりづらい」

「人気高いよな、ブラック。チームアイドルとしてデビューしちゃおうぜ!」

「そうはいかないだろう」

 アレフレッドは真面目にレックを睨む。

「ヒーローズはその並外れた能力と技術力のせいで各機関や好事家から血眼で探されているんだぞ。お前だって身をもって知ってるだろう」

「あー、そうだった」

 レックは眉根を寄せる。いつぞやに黒塗りの高級車軍団とデスレースを繰り広げたことを思い出していた。どこの団体かは知らないが、巻きに巻きまくらなくてはいけなくて面倒だった。

「大体能力持ちなら俺ら以外にも他いるだろ。そっちじゃダメなのか?」

「お前らには自覚がないようだが、ヒーローズ正規メンバーの身体能力は他の能力者と比べても上の上、Sクラスだ。それにロトさんのあの技術が加わって、研究対象や味方に欲しいと思わない組織はないくらいだぞ。軍隊然り国家然り国際団体然り」

「えーっ俺らそんな人気者なの? やべえ」

 レックは口ではそう言いながら、白く透き通る汁に替え玉を放り込む。更に刻みネギと据え置きのもやしナムルも入れて豪快に掻きこむ。あまり事の深刻さが分かっているとは思えない。

「で、だからお前は正規ブラックにヒーローの仕事やって欲しいの?」

「それは別だ。ただ単に、あの仕事は正規である彼にこそふさわしいと思うだけだ」

 アレフレッドはキリリとして言い切る。レックは速く食べないと伸びるぞと彼を急かしてから言う。

「別に俺はいいと思うけどなあ。アイツの本業ってある意味ヒーローみたいなもんだろ? 呼ばれりゃいつでもどこでも見参! 何でも屋って感じでさ」

「まあ……言われてみればそうだが」

「そっちなら生活に必要な金も出るわけで、俺は優先して普通だと思うけどな。こっちの仕事は俺達もいるしお前らもいるし、アイツが一人きりで頑張ることもないんじゃね?」

 ラーメンをすくい取った手を止めて、アレフレッドは考え込む。レックは早々と替え玉も食べつくし、満足そうに腹を撫でて笑う。

「俺は趣味で正義のヒーローみたいなことやってるけど、他のみんなに強いるつもりはないぜ。一緒に戦える奴がいれば嬉しいけどな」

 アレフレッドは少しの間黙っていたが、レックにまた指摘されて麺をすする作業を再開した。その胸にはヒーローとは何なんだろう、優先すべきは何だろうなどという疑問が渦巻いていた。

 正義とは、とアレフレッドは思う。正義を口にする時は押し通したいものがある時だ。それが真に正義か否かなど関係なく、勝った者は正義となる。負けた者は悪だ。だから何が正義でそうでないかなどという議論は――

「アレフレッド!」

 頭を跳ね起こす。急に起立したレックは険しい顔をしていた。

「レーダーに反応が出た。行くぞ!」

 二人は慌ただしく店を出てスーツに着替えた。ロトのくれた敵探知レーダーは悪しき気をキャッチして持ち主に知らせる。それが、敵が近いと告げていた。

「なっ何だありゃあ!?」

 レックが素っ頓狂な声を上げる。ビル街のただなかに巨大な何かが生えていた。車一台より裕に太い、鋭い棘のついた蔓である。だがあまりに大きすぎて、蔓というより触手に近い。

 得体の知れないそれは、先端に人を絡ませて蠢いている。

「植物かあ!?」

 レックが目の上に手を翳す。アレフレッドは一足先に跳躍し、片手を振り上げる。

「刈りとれ、ブラックブレイドッ!」

 手が描いた軌道に漆黒の刃が放たれる。蔓は二つに裂け、反動で離された人が悲鳴と共に落ちてくる。アレフレッドは大きく飛んで被害者を受け止めた。

「大丈夫ですか?」

 被害者は外回り中らしきサラリーマンで、怯えた様子でコクコクと頷いた。彼が走って逃げていくのを見ながら、そう言えば自分も外回り中だったことをアレフレッドは思い出した。だがこちらの方が急務である。

「レッド! ブラック――は」

「代理な」

 反対方向から、蔓の死骸を飛び越えて三色の仲間達がやって来た。レックは彼らに尋ねる。

「何なんだ、これ」

「植物の怪物だ。あちこちに蔓を出して人を襲ってる」

 イエローが答える。それを聞いて、レックの目が輝いた。

「焼いちまえばいいわけだなっ!?」

「ただ焼けばいいわけじゃない」

 グリーンが常と変らぬ口調で言う。

「大元がいる。でも、地中にいるみたいで簡単には――待て」

 あっと言う間だった。レッドはグリーンの制止を聞かず、先ほどまで蔓が出ていた穴に飛び込んでいた。

「アイツまさか」

「直接殴り込みにいったな、あれは」

 アレフレッドが状況から考えて言うと、イエローとブルーが肩を落とした。二人は普段からアイツの無茶につき合わされてるからな。アレフレッドは同情した。

「俺が後を追う。みんなは一人でも多く人の保護を頼む。あとブルーは、消火の準備をしといてくれ」

 ブルーこと従兄は黙って頷いた。アレフレッドはその丸い頭を軽く叩くと、コンクリートに空いた穴へと飛び降りた。

 土の下は湿気っぽく、壊れた水道管や下水道がそれに拍車をかけている。アレフレッドは足早に周囲の被害を確認しながら、レッドの反応を求めて進む。彼は短い期間に随分な距離を動いたようだった。

「バァァァニングサァァァアアンイェアーーーーーッ!!!」

 だから、アレフレッドが彼の場所に辿り着いた時には全て終わったも同然だった。

 狭くグネグネとした道の先は広い空洞になっており、アレフレッドがそこについたその時は、ちょうど何かに豪快な着火の儀がなされたところだった。それは遠目には巨大なラズベリーなのだが、下方に先程の触手が生えてのたうち回っているところを見ると、これがティアの言っていた本体なのらしい。

「おっ、いいところに! この蔓斬るの手伝ってくれよ」

 びくんびくんとのたうつ触手を片足で踏みつけ、赤い閃光を纏った手を躊躇いなく振り下ろして分断したレッドはこちらを見ると嬉しそうに言った。掠りキズもなければ汗をかいている様子もない。

正規ヒーローはやっぱり化け物だ。アレフレッドは、やっぱり早く同じ名を冠する男にブラックを返上したいと思った。

 

 

 

「あれが、異次元戦隊ヒーローズですね?」

 日の光を浴びていきいきと伸びていた太い蔓が急に勢いをなくす様子を、高層ビルのてっぺんから見下ろしてその男は呟いた。普通に喋っているのだろうに、笑みを含んだような口調だった。

「ヘルバオムなどという下等なものを寄越したということは、オルゴ・デミーラ様はミルドラース様同様とるに足りぬコバエとして見ていらっしゃるのでしょうか。それとも小手調べということでしょうか」

 背後に控える二体の魔物は返事をしない。彼が喋るのは、主である男がその名を呼び発言を許可した時だけと決まっていた。

「ですが、それにしても少々うるさいハエですね。羽根をもぎ取って静かにさせてやりましょう。ジャミ、ゴンズ」

「はっ」

「彼らの周囲を調べなさい。異次元戦隊とかいう連中がどういう者なのか、何をして過ごしているのか、そして……ふふふ。彼らを取り巻く人、何が嫌いで何が好きかまで調べつくして私に報告するのです」

「はっ!」

 二体の返事を聞いて、男は振り返る。その顔は笑っているのに、その目には冷たい水底のように温度がなかった。

「いい仕事を期待していますよ」

 

 

 

レッドあんまり暴れませんでした。そして最後が書きたかった。