空港の人の足はどこか浮いているように見える。もうすぐ飛ぶんだから、無理もないだろう。翼を持たない人間が空を飛べるのは奇跡だ。
浮足立つ人々の中で、沈んだ顔、張りつめた顔の者も勿論いる。きっと楽しくないことで飛ぶんだろう。気の毒だが、俺には推測して同情することしかできない。
その中で彼はどちらでもない顔つきでいる。気持ち怒っているようにも見える仏頂面だが、尖りすぎてはいない。また気怠そうではあるものの弛緩しきってはいるわけでもなく、要はアレフという男はいつもそうなのだろう。だからその様相の揺らぎに、他人は本人以上に惹かれる。
無頼な風を装ったって、揺るぎない地盤があって芯を持って立ってるのは誰が見たって分かるよ。ひねくれてるとは言っても一本気。寄る辺のない葦は確固とした土壌が欲しいものだって。
外見どころか戸籍さえ不安定な俺とは違う。妬ましいね。
「おい」
お、もう気付いた。予想より早い。
視界の中央にはモッズコート。眼光も鋭くこちらを見下ろす彼の立ち姿がある。
「さっきからジロジロ見やがって何の用だ。分身で尾けるならもっと分かんねえようにやれ」
貴方の気を引きたくてね、と俺は正直に返す。今の俺はただの老婆だから。
彼はあからさまに嫌そうな顔をした。意味のない冗談は嫌いな性質らしい。
「用件はなんだ」
用なんてないんだけど。
強いて言うなら、先日の例の川原に出現した穴に顔もろ出しで近づいた一般人がいて、それがしかも現在要監視レベル五である異次元戦隊ヒーローズの一員だったから、ビビった警察から俺の方に尾行及び観察の依頼が来ちゃったっていうそれだけなんだけど、そんな理由じゃ無粋にもほどがあるよね。まったく、いくら俺が潜入も得意だからってこういうのは特殊部隊に頼めっての。まず、間接的でも彼を一応知っている俺がやったんじゃあ意味がないじゃないか。
まあ間接的に話してみたいとは思ってたし、交換条件も悪くなかったから受けたけど。俺は少し考えてから口を開く。
「貴方は確かに優秀な戦士だけど、自分のこととなるととっても疎いね。それとも知らないフリをしてるのかな?」
漏れる声は勿論しわがれている。もともとの俺の美声とは似ても似つかない。
「は?」
アレフは本気で意味が分からないと言いたげだった。分からなくていいよ。俺も分からせたくて言ってるわけじゃないし。
「恍けたってどうしようもないよ。イイ男、イイ女の背中は追うものって相場は決まってるでしょ? 追うなって言って誰が言うことを聞くの」
今度は半眼になって、ポケットに両手を突っ込む。うっとおしがっているような態度だ。
本来なら俺達みたいなタイプはお互いにほどほどに距離取って、近づくような真似はしないんだけど仕事だから仕方ないね。今後も俺としては、仕事で直接彼と会うような事態になることは避けたい限りだ。俺が仕事で直接誰かと会うなんて、ほとんどありえない話ではある。けれど可能性を考慮せずにはいられない。
「持つもの持ってるのに。拒んでもついて来るって分かってるくせに。羨ましいなあ」
「何なんだよてめえは」
「身のまわりに気を付けなよ。私は君がどこで何をしてても行動範囲の広さを楽しませてもらうだけだけど、他の連中はそうじゃないから」
「おい、質問に――っ」
指をパチンと鳴らす。すると老婆の身体がぽんと飛び、大輪の花がエントランスホールいっぱいに咲き誇る。空港の客達は驚いて声を上げ、花を受け止める。けれど雪よりも早く消えてしまう。
人々は不思議がって降ってくる花の出所を探る。その目は消え去った老婆がたった一人で座っていた席の前に佇む男に行き着く。男、アレフは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
あはは、いい顔。可愛い可愛いはとこ達にも見せてあげたいね。
「班長ー」
はいはい。俺は席から立ち上がった。
誰得って私得。分かりづらいですがサタル目線です。
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