アレンは大量に盛られたピラフにがっつきながら眼前に座る人物に訴えかける。
「なあサタ兄、なんとか言ってやってくれよ。アレフ兄ちゃんが言うこと聞くの、ローラ姉ちゃんかアンタくらいだろ」
「そんなこと言ってもなあ」
テーブルを挟んでそう微笑むのは秀麗な顔立ちの青年である。背はアレフほどではないもののすらりとして高く、体つきもほどよく筋肉がついて男らしくも麗しい。細身の眼鏡が似合う優男だった。
「それよりアレン、ちょっと姿勢が悪いぞ。背筋の曲がった男はモテないよ?」
「モテなくていーし。てか話逸らすなよ」
アレンが今いるのは、目の前の男が住むアパートの一室である。この男は名をサタルといい、アレンやアレフレッドとははとこの関係にあるらしい。
父が言うことには、アレンやアレフレッドの家は所謂新宅であり、サタルの家が本家筋なのだという。何で本家とか新宅とかそんな区別をしているのかは知らないが、彼らは時折互いの家を行き来して兄弟のように育ってきた。
「だって、俺が言ってどうするんだよ」
サタルは軽く問い返す。アレンは膨れ面をした。
「アレフ兄ちゃんは昔っからサタ兄の言うことは絶対聞くだろ」
「まあそうだね」
堅真面目な従兄は、どういう理由かこの正反対な飄々としたはとこを異様に慕っていた。その慕い具合は尊敬を通り越して崇拝と言えるほどで、アレンも従兄が結婚するまで彼ははとこに傾慕しているのではないかと疑ってしまうくらいだった。
「アレフの他人に期待しちゃう性格は、俺がこうしちゃダメって言ったくらいじゃ本当の解決にはならないよ。もうちょっと身に堪えさせないとね」
それに、とサタルは眼鏡のつるを軽く指で上げる。
「問題が起きてるのはヒーローの間でなんだろ? そこに一般人の俺が出ていったら滑稽にもほどがあるじゃないか。アメコミに朝の連ドラの登場人物が出ていくようなものだよ」
「何だよそれ」
「ちぐはぐだってことだよ。アレフのためにも良くない」
たとえはよく分からないが、従兄のために良くないという台詞は胸にきた。サタルは頬杖をついてアレンの瞳を覗き込み、励ますように微笑む。
「五人もいれば性格も環境も違う。みんなが何を考えてて、ヒーローとして何がしたいのか、よく観察してみたらどう?」
「ヒーローとして……」
アレンは考え込む。彼らは無作為に選ばれたが、それぞれ仕事に誇りは感じていると思っていた。しかし、それを直接本人達の口から聞いたことはない。
「よく話して、聞いて、見てみたら? 少し見ただけじゃ分かりづらいものだけど、お前の目は曇りがなくてまっすぐだから分かるはずだよ。分からないということも含めてね」
「分からないのか?」
「それは見てみないと分からない。人のことなんて全部把握するのは無理だからね。無駄に自分に自信を持っちゃいけないよ」
アレンははとこの言葉を反復する。ヒーローのみんなをよく見ること。よく考えてみれば自分は、ヒーロー達の悪を討つという大雑把な指針は知っているものの、それについてどう思っているのかは聞いたことがない。そして、仕事についてまともに話し合っているのも見たことがない。
「うん、よくみんなの様子見てみる」
サタルはにっこりと頷いた。
「そうしなよ。それとついでに、いい加減週に三回くらいはお父さんとご飯食べてあげたら?」
「やだよ、あのスパルタくそ親父」
アレンは思い切り毒づいて、チキンのソテーにかぶりついた。皮が香ばしく、身はしっとりしていて美味しい。はとこは男のわりに料理が上手いと思う。
アレンは週のうち、日曜日と水曜日しか家で夕飯を食べない。理由は簡単だ。母が他界してから家には軍人の父しかおらず、ほとんど仕事で留守にしていればいいものの、いる時は息子である彼に非常に厳しく接してくるからだった。
「アイツ飯作らないし。俺が作ると文句付けるし。絶対やだ」
「お父さんは何もお前が嫌いでそうしてるわけじゃないんだって」
サタルが宥めるが、アレンは絶対嫌だった。だから夕飯は三人いる従兄妹の家を練り歩き、このはとこの家にもお世話になる。アレフの家はこちらがいてもあからさまにいちゃつくし惚気られるので、週に一回と誘われた時しかいかない。それより行くのは親友でもあるアーサー・サマルトリアの家とこのサタルの部屋だった。
「サタ兄いつも一人だしいいだろ。コームインだから上がりも早いし」
「いつも一人って……そんな他人を友達がいないみたいに」
「いるのかよ?」
「あまり会わないだけで、いるよ」
サタルのプライベートは、はとこである自分にも謎に包まれている。現にアレンはその年齢さえ詳しく知らなかった。アレフが敬語で話すから年上なのではないかと思うものの、はとこは昔から見た目に気を遣い伊達男を自認していたから、ひどく大人びて見えることもあれば学生のように見えることもある。だが少なくとも運転できるし酒も飲めるし職に就いているから、成人はしているのだろう。
「彼女は?」
「います」
「マジ? どんな人?」
「はい、これ以上は事務所通してくださーい」
いつもこれである。まあたまに家にいないこともあるし、そんなことだろうとは思っていたのだが。昔から、はとこは自分と違ってよくモテた。
その時、玄関のチャイムが鳴った。サタルが立ち上がり見に行く。ややあってリビングに入って来たのは、短い黒髪の女性だった。
「あらアレン。久しぶり」
「サンドラ姉ちゃん、こんばんは」
彼女は名をアレクサンドラという。サタルの双子の姉で、アレンも幼い頃からお世話になっていた。
「いきなり悪いわね。まだ仕事の途中なんだけど、落ち着いた場所で電話がしたかったから」
サンドラは弁護士である。家は別の場所に借りているらしいが、たまにこうしてサタルの家に足を止めることがあった。
「じゃあ俺、席外すよ」
アレンはいそいそと立ち上がって、会話の聞こえない別の部屋へと移った。これもよくあることだった
「アレンは相変わらずなの?」
「ヒーロー業に精をだしてるよ。嬉しいことだね」
サタルは朗らかに言う。サンドラはカバンから書類を出し、見比べながら話しかける。
「噂は聞いてるわよ。伝説の異次元ヒーロー。でも彼らの周り、安定してないみたいね」
「なんてことないよ。いつだってそうじゃないか。正義と正義のぶつかり合いさ」
弟の言うことにサンドラは鼻を鳴らす。彼は楽しそうに続けた。
「彼らフリーに任せておこうよ。聞いてると面白いよ」
「趣味悪いわね。あの子達のことが心配じゃないの?」
「うちの血統をあまく見ちゃいけないよ。ちょっと叩かれたくらいじゃへこたれない」
サタルの眼鏡の奥の瞳は愉悦で煌めいている。
「貴方は出ていかないわけ?」
「国家権力はいつだって高みの見物、それと良いトコ取りさ」
「それ、特に貴方に限った話でしょ」
「俺はデスクワーク派なの。ハリウッド映画の主役には、ひ弱なモブよりスーパーマンの方が似合うだろ?」
サンドラは溜め息を吐く。以前から捉えどころのない弟だったが、今の職についてからそれがひどくなっている気がする。裏の黒い世界などないと思っているが、彼の世界では黒以外の色合いなんてあるのだろうか。
「ところでその伊達メガネ、ウザいわよ」
「酷いな!」
こんなおまけ話どうなんだ……どこに生きるんだ……。
でもこれで現パロにⅢ主二人出せました。公務員と検察官です。ヒーロー連作とは全く無関係でいいんですけど、きな臭そうなのが書けて良かったです。
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