ここはリッカの宿屋。王都セントシュタイン一、世界一と名高いそこには、今日も世界を股にかける旅人達が集います。
 そのリッカの宿屋が誇る紅色の艶やかなバーカウンターに、四人の女性が横並んで座っています。うちの一人、桃色ポニーテールの少女が溜息をつきました。

「あーあ。退屈だなー」

 それを聞き留めた隣の少女が、その雪のように青みがかった眉をひそめます。

「まあキラナったら、またそんなこと言って。昼間あんなに飛び回ってたじゃないの」
「そうじゃないの、アリア。それとこれとは別なの!」

 キラナは万歳するように両手を振り上げます。

「近頃の商人ときたら堅実、堅実、また堅実! 保守好きの守銭奴ばっかり! 私はもっと独創的で刺激的な取引がしたいんだから!」
「あら貴女、商人なのにお金が第一じゃなくていいのかしら?」

 雪のような少女の右隣に座る女性が、炎のような髪を揺らして桃色の少女を覗き込みます。商人は唇を尖らせました。

「ルネにしては現実的なこと言うね。確かにお金は大事だけど、でも所詮は道具であって目的じゃないんだよ」

 キラナは胸に手を当てて立ち上がり、ここぞとばかりに声を張り上げます。

「客に売る時、自分が買う時、大事なのは心よ! 心の動く取り引きは満足のいく仕事、いい商売に繋がるの。私は心踊る取り引きがしたい!」
「立派な心がけだけど、恥ずかしいから座ってよ」

 力説する商人に、左隣に座る黒髪ツインテールの少女が素っ気なく言います。少女は商人とそっくりな顔をしているのに、無表情で手にしたイカの串焼きを見つめたまま同調しようとすらしません。
 キラナはワッと泣き伏すふりをしながら座りました。

「カノンが! カノンが冷たい! ねえマスター、マスターなら分かってくれるよね!?」
「マスターではありません、ナインです」

 キラナの前、カウンター向こうに立つ人物は冷静に答えます。マスターと呼ばれ、バーテン衣装こそ着こなしていますが、どう見ても成人には見えぬ背丈の低い少年です。
 ですが彼は、年頃らしからぬ落ち着き払った様子でグラスを拭きながら答えます。

「確かにキラナさんの仰ることもごもっともです。金銭万能のこの現代経済社会において、その商品を見て『確かにその価値がある』と認めるのは他ならぬ人の心です。金額はあくまで尺度のようなもの、商売にはヒトの心と良い目が不可欠でしょう」
「だよね、だよね!」

 キラナは嬉々として言います。

「だから私、挑戦したいことがあるんだ!」
「なになに?」

 アリアが相槌を打ちます。ルネが身を乗り出します。

「同人誌を作って売りたい!」

 カノンは串ごと、イカを噛みちぎりました。








20170204